安倍昭恵の家系図は森永製菓の2つの血統が統合した純正お姫様!


自民党の総裁選に安倍首相が勝利しましたね。

その夫人である安倍昭恵さんは、森永製菓のお嬢様です。

森永製菓のお菓子を食べたことのない日本人などいないでしょう。

小さい頃からお世話になった森永製菓ですが、

あのー日あのーころーあのーみーせーで♫

板チョコやチョコボール、おっとっと、ミルクキャラメルやハイチュウと引き換えに払ったなけなしの子供の小遣いが、

どうしてこんな形で国民に還元されてるんだよ

と、大変残念に思ったので、日本国のファーストレディーの経歴を調べてみました。

【参考】
安倍昭恵夫人の居酒屋UZUはどんな店?閉店の噂があるって本当?

安倍昭恵夫人の経歴

まずは、安倍昭恵さんの基本的なプロフィールを確認。

旧  姓:松崎昭恵

生年月日:1962年6月10日(2018年で56歳)

出  身:東京都

出 身 校 :聖心女子学院聖心女子専門学校

立教学院立教大学大学院

職  務:内閣総理大臣夫人

役  職:
森友学園「瑞穂の國記念小學院」名誉校長(2017年2月辞任)

「御影インターナショナルこども園」名誉園長

一般社団法人 「鈴蘭会」名誉会長

80年代スキー復活実行委員会名誉会長

ミャンマー祭り実行委員会名誉会長

NPO法人メコン総合研究所名誉顧問

古民家再生宿泊施設「田楽庵」名誉会長

おんなたちの古民家名誉会長

東京宗像会名誉会長

社会福祉法人中部少年学院後援会名誉会長

NPO法人「アース・アイデンティティー・プロジェクツ」名誉会長

一般社団法人「スーパネスンスアカデミック」名誉会長

ローズの会名誉会長

全国身体障害者ほじょ犬サミット実行委員会名誉会長

NPO法人「US-Japan LINK」名誉会長

おなごの会名誉会長

FUJISAN 地球フェスタ WA 2016発起人及び実行委員会名誉顧問

一般社団法人「UKC JAPAN」名誉顧問

JAL向津具ダブルマラソン名誉顧問

全国棚田サミット名誉顧問

一般社団法人 「日本障がい者雇用推進協会」名誉顧問

女性未来農業創造研究会名誉理事

ハイスクール世界サミットin福島大会名誉顧問

一般社団法人 「日本ヒートアイランド対策協議会」名誉顧問

日本エシカル推進協議会名誉顧問

メディアに出るたびに国民のはてなスパークを誘発する安倍昭恵夫人ですが、ふだんどんな仕事をやっているのか調べてみたところ、総理夫人なのですからいろいろな団体から声がかかるものですが、不思議と「名誉」ばかりがついてます(爆笑)。

こういった肩書きにこれだけ「名誉」がつく理由は、

「この人のネームバリューはほしいけど実質的な運営に関わって欲しくない」

「なにかのイベントに来て広告塔になってくれるだけでいい。普段づきあいはしたくない」

という団体側の本音のあらわれです。

多くの人に敬遠されているのに、かわらず人間の本音に無神経で無頓着な安倍昭恵夫人の背景について調べてみました。

安倍晋三氏はあんなんでもものすごい名家出身のボンボンで、そうそうたる顔ぶれの親戚がわさわさしており、こちらを入れたら複雑になりすぎるので昭恵夫人の外戚関係は割愛します。

ここでは、昭恵夫人の実家の血筋にのみ焦点を当てて説明していきます。

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曽祖父・松崎半三郎(1874~1961)

松崎半三郎氏は昭恵夫人の曽祖父、つまりひいおじいさんは、森永製菓の創業者の一員です。

森永製菓というのももともと、森永太一郎という人が1899年(明治32年)に設立した「森永西洋菓子製造所」が前身。

森永太一郎は半三郎氏より9歳年上で、没落した商家に生まれましたが明治という時代に渡米し、人種差別の苦難にあいながら様々な西洋菓子の製法を身に付け、森永製菓の前身となる「森永西洋菓子製造所」を設立、日本に西洋菓子を普及させました。

ちなみにキリスト教徒です。

半三郎氏は貿易会社に勤めていましたが、1905年の31歳の時に経営実務担当のパートナーとして森永太一郎氏に森永西洋菓子製造所に迎え入れられました。

以後、最近まで森永家と松崎家が交代で社長に就任しています。

最初から半三郎氏とは共同経営者的な立場で、招聘時から専務待遇だったようです。

1935年の61歳から1946年の72歳までの11年間、森永製菓の社長をしており、太平洋戦争中の激動の時代の日本人の食事を支えました。

日本陸軍医学校と共同でペニシリンの開発に着手し、国産ペニシリン「碧素一号」を完成した時の社長で、戦争で傷ついた人々を救った時の社長です。

戦争終了後に社長は退任していますが、その後は会長・相談役を歴任しています。

享年87歳。

祖父・松崎一雄(1901~2000)

あんまり情報は少ないですが、1927年、26歳の時に森永製菓に入社し、取締役⇒常務⇒専務⇒副社長⇒相談役と、コッテコテの森永製菓人生です。

副社長であって社長には就任しておらず、表立って目立たない2代目だった様子。

「ホットケーキの素」が販売された頃の人で、エンゼルパイ、キョロちゃんデザインのチョコボール、チョコフレークなど、むかし懐かしのチョコレート菓子がたくさん開発されました。

奥さんは医者・大学教授の家系で、1男4女をもうけました。

享年99歳。

父・松崎昭雄(1931~)

まだ存命ですが、やはり森永製菓に人生の全てを捧げています。

東京都生まれ。

1955年 22歳で立教大学経済学部卒業、森永製菓に入社。

1974年 43歳で森永ゼネラルミルズ社長。←若い!

1977年 46歳で森永製菓取締役

1980年 49歳で常務

1983年 52歳で社長

1997年 66歳で創業家の森永剛太氏に社長を譲り会長、のち取締役に。

奥さんの旧姓は森永恵美子さんで、創業者の太一郎氏の孫娘です。

繰り返すようですが、森永製菓は2012年までの約100年間、森永家(製造技術)と松崎家(番頭)のツートップ体制で経営されてきています。

それがこの時、3代目の松崎昭雄氏の代になって、森永家と松崎家が婚姻により統合されました。

その結果生まれたのが昭恵夫人。

昭恵夫人の両親は、ふたりとも森永製菓の創業家の直系の血筋であり、つまり森永家と松崎家のハイブリッドなのです。

なお、昭恵夫人には同じ森永製菓ハイブリッドの弟がおり、松崎勲(2018年で53歳)という方で、やはり森永の執行役員をしております。

この人は大ヒット商品「ウィダーinゼリー」を販売した人です。

また、今まであまりに長いあいだ森永と松崎で固めた経営をしてきた森永製菓ですが、兄弟会社である森永乳業と統合話が出た時にいろいろすったもんだがありまして、現在の森永製菓の社長は創業家以外の人が社長に就任してます。

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森永ハイブリッドの昭恵夫人

森永製菓は「製造技術の森永家」と「番頭の松崎家」のふたつの血統で運営されており、交互に社長を輩出しています。

昭恵さんは母親が森永家、父親が松崎家の出身で、ふたつの家が統合した結果生まれた人です。

旧姓が「松崎」ですので、番頭の家の方の出身です。

「森永のご令嬢」昭恵夫人は、母親と同じ聖心女子学院聖心女子専門学校を卒業しています。

聖心女子というのはご存知のとおり、東京都港区白金に所在する、シロガネーゼな完全小中高一貫教育の私立の女子小学校・中学校・高等学校です。

イメージがだいぶ壊れますが、昭恵夫人は「生粋のお嬢様」という種族です。

何不自由なく育った昭恵夫人ですが、派手好きでキャリア志向が高く、広告業界で仕事をするために聖心女子「大学」ではなく聖心女子「専門学校」の英語科へ内部進学。

ときどき「昭恵夫人は成績が悪かったため大学に行けなかった」と噂されますが、早く社会に出て仕事をしたかったという動機だったのだとすれば、筋は通っているように思えます。

しかし、噂ではディスコに通ったり不良気味のファッションをしたりと、意外と活発に遊び歩いていたとききますので、やっぱり成績はイマイチだったのでは。

そして卒業後は電通に入社しました。バブルまっただ中の1987年。

森永ハイブリッドのご令嬢でもありますし、万が一どんなに成績が悪くても、入社は容易だったでしょう。

しかし、電通の上司の紹介で1984年の22歳の時に安倍晋三と出会い、1987年6月に25歳で結婚し、退社しています。

この電通の上司が安倍総理の友人で、「会ってみないか」と安倍総理を昭恵夫人に紹介したのです。

初めて安倍総理(この時は大臣やってた父親の秘書官でした)と昭恵さんが顔を合わせたのは、原宿のパブ。

その時の昭恵さんに対する第一印象は、「約束の時間に30分くらい遅刻してきた」らしく、あまりよい印象ではなかったそうです。

大臣の息子を待たせるなんてすごい神経ですねえ。

安部総理いー、第一印象って大事ですよー・゜・(ノД`)・゜・。

その後は話が合い、世間知らずのお坊ちゃんとお嬢さんどうしで、ウマは合ったんじゃないかと思います。

日本が誇る大企業、森永ハイブリッド出身とは言え、まあものすごい家に嫁いだものだと思います。

その後は、不妊に悩んだり、姑・安倍洋子さんとの確執に悩んだ時期もありました。

阿部洋子さんというのはもちろん安倍晋三氏の母親で、夫に阿部晋太郎元議員、父親に岸信介元総理、叔父に佐藤栄作元総理を血族に持つ、安倍家のゴッドマザーです。

唯一昭恵夫人にモノを言うことができたという阿部洋子さんさえ、空気ノーリーディングの昭恵光線で撃退。

森永つええええええええ^^;。

そんな阿部洋子さんをして「この嫁は何を言っても無駄」とまで言わしめ匙を投げられた昭恵夫人の破天荒レコードは、現在も更新中です。

まとめ

森永製菓さんは、子女の教育をしっかりしてください。

私たちが使ったお金の利益で日本国民をげんなりさせるような人材を製造するなんて何やってるんですか。

甘くていいのはお菓子だけです、一族の子女の頭の中まで甘くしてどーすんですか。製造責任とってください。

伝統ある大企業の令嬢となると、うっかり政治家の家に嫁ぐことだってあるんです。

いえもううっかりじゃすまされません、そちらの会社の管理不行き届きで、どれほどの不利益が国民に降りかかっていることか。

昭恵夫人は名家出身としては珍しく、海外留学経験はないんですね。

「森永」という血統的に純粋な背景を持ち、聖心女子というお嬢様空間で純粋培養され、社会に出た経験も実質4年程度年しかありません(うち3年は政界の御曹司とお付き合いなので、気を遣われたんだろうな)。

世の中のことを全く知らないので、お嬢様育ちらしく、「私私私」と頭にお花を咲かせるばかりで深く考えないタチなのでしょう。

その場で求められる行動のポイントをいちいち外し、相手の要求に照準を合わせることがそもそもできない、そしていつまでたってもできない人なのです。

電通の上司が昭恵夫人に友人とはいえ安倍晋三氏を紹介したのも、仕事上あまりに使えなかったからで早くいなくなってほしかったからじゃねーの?と思います。

ファーストレディになってからの、あの怪光線スパーク乱れ打ちぶりをみると、どうしてもそんな気がするんですけど……。

昭恵夫人は、安部総理と結婚してわずか6年後には「衆議院議員夫人」、さらにその3年後には44歳という若さで「内閣総理大臣夫人」になります。

無邪気で未熟な精神のまま、一国の最高権力者の妻になってしまったのです。

実家も学歴も「純粋」すぎた昭恵夫人。

私は安部総理のことは好きではないのですが、悪妻に悩まされる男性の悲哀は少し理解できますので、大変なんだろうなーと思います。

純粋培養のお嬢様に、財力と権力がブーストされると各方面に甚大な影響が出るという、良い例です。

【参考】
安倍昭恵夫人の居酒屋UZUはどんな店?閉店の噂があるって本当?

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