バケモノの子のあらすじを短く説明!ネタバレありの辛口レビュー

テレビで、細田守監督作品のアニメ映画「バケモノの子」が放映されます。

以下、簡単に説明しますが、コンセプトとしては、バケモノたちの世界にある都市・渋天街(じゅうてんがい)を舞台にした、親子の絆を描いた「新冒険活劇」というものです。

細田守監督はこれまでに長編映画作品としては

2005年 『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』

2006年 『時をかける少女』

2009年 『サマーウォーズ』

2012年 『おおかみこどもの雨と雪』

を発表しており、評価が賛否両論に割れやすい人です。

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短く簡単にあらすじを説明

9歳の少年・蓮(れん)は、両親が離婚し、親権を取った母親も交通事故で急死。親戚に養子として貰われることになったが、引越しの最中に逃げ出し、渋谷の街を独りさまようことになります。

行くあてもなく裏通りでうずくまっていた夜、蓮は「熊徹(くまてつ)」と名乗る熊の姿をしたバケモノに出逢います。蓮は、「独りでも生きていきたい」「強くなりたい」という思いから、『強さ』を求めてバケモノの世界「渋天街」へ入っていきます。

バケモノ界の長老である「宗師(そうし)」は高齢で、近々その役目を引退して神に転生する予定であり、後継者を決める時期にきていました。

後継者は最も武術と品格に優れた者がなるしきたりであり、闘技会の勝者が次期宗師として認められることになっています。

後継者候補である熊徹は、現宗師により弟子をとることが闘技会に出場するための条件とされたいましが、短気で粗暴のため弟子がおらず困っていました。

しかし自分を追ってバケモノの世界に踏み込んだ蓮を熊徹は見込みがあると判断、蓮は熊徹の弟子となります。

蓮は熊徹に「九太(きゅうた)」と名付けられ、2人は共同生活を始めることになります。

バケモノの世界では、人間という種族はバケモノと違っていつしか心に「闇」を宿し、大変なことになるという言い伝えがあるため、九太が弟子になる(=渋天街に住む)ことを周囲が反対しましたが、うさぎ姿の宗師がこれを認めました。

※ここからネタバレ・結末を書きますので、ご注意ください。

九太は人間世界とバケモノ世界を行き来できるようになる

バケモノの世界にきて9年、九太は17歳になっていました。

武術の実力は熊鉄の一番弟子の名に恥じないほどの名声を高めた頃、ひょんなことから人間の世界に戻ることができ、以降、人間世界とバケモノの世界を行き来するようになります。

人間世界をふらふら歩いている時に図書館に寄ったところ、そこで九太は楓という名の女子高生と出会い、本を読むことを覚えて知識を吸収する楽しさを知り、大学受験のための勉強を始めます。

こ、ここまで来て大学受験かよという観客の総ツッコミも素知らぬ顔、大検とか大学受験とか奨学金とか、それまでせっかく独特のバケモノ世界に浸っていたのに雰囲気ぶち壊しの単語がどんどん入ってきます。

せっかく人間世界の尺度とはまったく異なる場所でふつうではできない体験を生きて来たのに、結局は現実の「ふつう」がいいのか。結局は「ふつう」に戻ってくるのか……何が冒険活劇だ…。

そして区役所の戸籍課で住所を調べて幼い頃別れた実父と再会、バケモノの世界の養父(熊鉄)と人間世界の実父との間を、お互いの父親にはもちろん内緒で行き来し始めます。

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熊鉄も猪王山も人間の子を育てていた

いよいよ次代の宗師を決定する決闘の日が来ました。物語が始まって9年後にやっと開催です。

九太が17歳になる9年もの間、現職のうさぎ宗師は「何の神に転生するか」を考えていたことになります。そのうさぎ宗師が出した結論が「決断力の神」だったとは、多分ここは笑うところなのでしょう。

人間世界に行っていたことが熊鉄にバレ、決闘直前にふたりはケンカ別れしてしまったため、肝心の決闘本番で熊鉄は実力を出せません。熊鉄のメンタルは生卵です。

熊鉄は猪王山(いおうぜん・もうひとりの宗師候補であるイケメンイノシシ)に序盤はコテンパンにやられ、10カウントをとられそうになりますが(てゆーか実質とられてた)、熊鉄が心配で戻ってきていた九太の声援で持ち直し、熊鉄の逆襲が始まります。

このシーン、まさにロッキーとエイドリアン。

この2人、親子じゃないでしょ、恋人でしょって感じ。

苦戦の末、勝敗は熊鉄に軍配が上がり、熊鉄が時代の宗師に決定しました。

しかしその結果を認められない猪王山の長男である一郎彦は、念動力で猪王山の刀を動かし、熊鉄の身体を背後から貫いたのです。

一郎彦の念動力はバケモノとしての能力ではなく、人間の心にしか宿らない「闇」による力でした。

猪王山は昔、人間の世界に行ったことがあり、そこで路地裏に捨てられている赤子を見つけ、不憫に思ってバケモノの世界に連れて帰ったのです。

「自分が育てるのだからこの子は心に闇を宿さないだろう」という奢りが、バケモノの世界の掟を破らせたのです。

一郎彦は愛情深く育てられたものの、やはり「いつまでたっても、父の猪王丸と自分の姿かたちが似つかない」ことに対し自分の存在に不信感を抱き、心の中に闇をつのらせていました。

熊鉄も猪王山も、ふたりとも人間の子供を育てていたのです。

熊鉄はうさぎ宗師の「神に転生する権利」を使って付喪神に転生する

九太は自分と同じバケモノに育てられた一郎彦の暴走を止めるため、自分を育ててくれたバケモノの世界のために人間世界に戻りますが、闇の力をためらいなく使う一郎太相手に、九太は苦戦。

人間界とバケモノの世界は響き合っているため、九太と一郎彦のドンパチはバケモノの世界にも影響します。

その頃バケモノの世界では、瀕死の熊鉄が九太を助けるため、うさぎ宗師に要求したことは「宗師が神に転生する権利を自分によこせ」ということでした。

猪王山に勝利し次代の宗師となっていた熊鉄は、先代のうさぎ宗師が持つ「神に転生する権利」を使って付喪神に転生し、熊鉄がいつも帯びている剣そのものに、付喪神として宿ったのです。

一郎彦と相打ちを覚悟していた九太は、灼熱の剣そのものになった熊鉄の加勢により、一郎彦に勝利します。

※ラストシーンでとにかく楓さんが邪魔。ラストだけの登場でよかったのでは…。決闘の最中に女連れで何やってるんだ……。

一郎彦はバケモノの世界に残る

一郎彦が次に目覚めた時は、養父である猪王山の家の中でした。

父親は「これからも一郎彦と一緒に暮らしたい」と言っていたし、弟の次郎丸も「兄がどこから来たのかなんて関係ない」と言ってくれています。

一郎彦は多分、このままバケモノの世界で生きていくのでしょう。赤ん坊の頃に捨てられていたので、九太のように親の戸籍ももうたどれませんしね。

こちらはハッピーエンドの予感がします。




九太は結局人間の世界に戻って大学受験する

問題は九太だ!!!

ここまで頑張ってなんでオチが大学受験なんだよ!!

ここまで盛り上がって頑張って、どうして今さら「ふつう」なんかに収まれるんだよ!!

この映画のコンセプトとしては結局は冒険活劇などではなく、「若い頃どんなにやんちゃしてもいいから、最後には『良い子』になろうね」という、映画のターゲット層である子供を連れた親向けのメッセージを含んだ作品なんじゃないかと勘ぐるレベルです。

9歳の九太は「一人で生きていけるくらい強くなりたい」ということが希望でしたが、結局は実父の扶養に入って大学受験とは……。

まとめ:熊鉄は乙女

……いちおう映画のコンセプト的には「父と子の絆」とのことですが……

熊鉄があんまり九太に依存乙女していて、これ、熊鉄と九太のラブストーリーだよな、と途中から思いました。

九太を女性に置き換えれば、この話はひどくしっくりくるんです。

「九太の胸の中の剣になる」とは、熊鉄、どこまで乙女なんだ…‥。

ちょっと見方を変えれば、熊鉄が今カレで、実父が元彼ってことでしょ?え?違うの?

一人前の男性に成長し、これから広い世界に意気揚々と出ていくんだろうなと今まで画面を通して期待を抱いていた九太に、最後の最後に肩透かしを食らったような気がする映画です。

ぽっと出の女性(楓)に、横から全てかっさらわれてしまった感が、どうしても拭いきれません。

楓もたくさん我慢してきた人なのだから、楓に手を引かれて九太が人間界に戻って窮屈な人間界に戻るよりも、九太が楓の手を引いてバケモノ世界で生きる方が、ふたりとも自由に豊かに生きることができて、幸せなんじゃないかなあ。

ラストで九太に「はい」って言って渡したのが他ならぬ大学受験の参考書だったことには、背筋が寒くなりました。楓さん、あなたは多分人間世界のレールに乗れない人は愛せないんでしょ?

バケモノの世界の雰囲気は面白かったし、キャラクターも個性豊かで良かったんだけど、ストーリー的にはなんか小さくまとまっちゃったな……と思ってしまう、個人的には残念なラストです。

大人しく「社会のレールに乗ったほうが無難だよ」、という。

人間界のレールに戻るにしても、その後の展望をもう少しはっきりしてほしかったです。
せめて……せめて「海賊王に俺はなる!!」くらいのことは言って欲しかった……。

大学受験オチならせめて九太は人間界で教師を目指すとかなにか目標を語らせて、一郎彦はバケモノの世界で次の宗師を目指すとか、そういう約束を交わして数年後に再開の約束を交わすとか……もう少し具体的な落としどころってなかったのかな。

細田守監督の映画は、人物の豊かな表情や細やかな動きがとても丁寧に描かれています。

熊鉄の表情なんか、ほんとセクシーだなーと思うところが多いです。

話の進み具合もコミカルでテンポが良く、細かいところまで配慮が行き届いていて、手抜きがありません。時間を忘れて楽しめます。

良くも悪くも、「観客の現実の目線」を忘れない監督だなーと思いました。

映像は十分に楽しめるので、見所はそのへんじゃないかなーと。

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