木嶋佳苗の生い立ちは?声や字の婚活テクニックで男を虜にする方法

木嶋佳苗は、2007年から2009年にかけて発生した連続不審死事件の犯人で、すでに死刑が確定しています。

逮捕当時34歳だった木嶋佳苗は、41~80歳までの4人の男性に合計約1億円を貢がせ、練炭で一酸化中毒死させて殺害しました。

婚活を利用した事件であったことから「婚活連続殺人事件」と呼ばれていますが、木嶋佳苗の容姿と、それにそぐわないキラキラしいセレブ生活の印象が非常に強く、今も広く事件への関心を引きつけています。

木嶋佳苗が育った環境はどのようなものだったのでしょうか。

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木嶋佳苗のプロフィールは?

何はともあれ、まずはプロフィールから。

名前:木嶋 佳苗(きじま・かなえ)

生年月日:1974年11月27日(2018年で44歳)

高校:別海高校

大学:東洋大学

出身地:北海道野付郡別海町

家族:父母、4人きょうだいの長女

父親:大学職員、行政書士

母親:ピアノ講師

祖父:町議会議長を三期つとめた司法書士

祖母:元町長の妹

木嶋佳苗は北海道中標津(なかしべつ)町生まれで、小学校3年時に隣町の別海町に移り、以後高校卒業時まで同町で育ちます。

人口1万6千人ほどの町で、海の方向を見れば北方領土の一島・国後島が浮かんで見える場所。

別海町というところは、稲作も畑作も不可能な痩せた土地で、ほぼ酪農しかできることがなく、町面積1500k㎡のだだっ広い平地に人口は15000人、「人間より牛の数の方が多い」とまでいわれている地域です。

北海道の開拓・入植の最後の時期に開拓された土地で、他の気候のいい肥沃な土地はすでに他の入植者に押さえられていたので、別海地域は「最後まで残された痩せた土地」でした。

はるばる北海道の東の果てまでやって来た明治時代の入植者たちは、「騙された」「こんな土地だったとはきいてない」と嘆く人も多かったとききます。

木嶋佳苗の親族は町議会議員や司法書士、行政書士など法律関係者が多く、母親もピアノ講師をしていることから、実家は有力者で、土や泥、動物の糞尿にまみれる仕事をしていない、かなり恵まれた家庭環境だったことが推察できます。

父親は2005年、木嶋佳苗が31歳の時に車で崖から落ちて死亡(自殺ともいわれています)。

これは、木嶋佳苗がネット詐欺で有罪判決を受けた時期と重なっています。

木嶋受刑者の母親は、教育テレビ以外の番組を禁止するなど厳しく娘を教育している、いわゆる「教育ママ」。

この母親もホワイトカラーの家庭の出だったのしょうか、「娘は東京で大きな事業している」と自慢していたとか。

事件後、テレビ取材も基本的に拒否しましたが、インタホンごしに「なぜこのようなことになったのでしょうか」と記者が質問すると、「さあ、どうしてなんでしょうかね・・・うふふふふ」と謎めいた微笑が返ってきたとか。

自分の娘に死刑判決が下ると、悲しむわけではなく「すぐ死刑になるわけじゃない。裁判はまだ続くから、5年や10年は大丈夫」と話しており、これだけの罪を犯しても、親としての責任
全く感じておらず、どこまでも他人事のような感覚です。

厳しい母親の教育の甲斐あってか、木嶋佳苗は学校の成績は常に上位をキープ、先生たちのお気に入りでした。

反面、プライドが高く、同級生の証言によると「自分は天才だ」と思っていたようで、自信満々で計算高い性格だったようです。

このためか同世代の男子には興味を示さず、ターゲットは年上の男性ばかり。

「町一番の名家の長女」として、勉強やピアノの稽古を一生懸命するうちに、大人の男性に好まれる術を早くから身につけていったとか。

犯罪歴

一方、高校時代のクラスの生徒たちは、「アダルトビデオに出そうな人」として木嶋佳苗の名を挙げています。

当時から、木嶋佳苗にそうした雰囲気が当時からあったからなのでしょう。

厳しい教育の反動からか、母親への反発からなのか、木嶋佳苗は小学校から盗みぐせがあり、中学・高校時代になると常に売春の噂がたえず、お金に執着している様子が見受けられます。

高校の時には知人宅から数百万円の通帳とを盗む事件を起こしており、父親が弁償しています。本人は「知らない」と平気で嘘をついていました。

高校を卒業すると同時に上京後しますが、実家には「東京で働いている」とウソをついていました。

上京から3年たってから東洋大学に入学手続きをしましたが、授業料未納で除籍になっているので、大学へ通うことにして、実家から仕送りを受けるための口実に利用したとも考えられます。

その後は、ピアノ講師や訪問ヘルパー、風俗などの仕事で生計を立ています。

やはり東京で、自分が思い描くような豊かでキラキラした生活は難しかったのか、小さな犯罪を繰り返しています。

1999年1月(24歳)化粧品の万引きで検挙

2000年3月(25歳)本の万引き容疑で検挙

2001年4月(26歳)現金窃盗容疑で検挙

2003年3月(28歳)ネットオークション詐欺容疑で検挙

被害者は10名、懲役2年6ヶ月執行猶予5年

※執行猶予5年というのは「実刑寸前」ということです。

2007年(32歳)リサイクルショップ経営男性が死亡

表に出ていないだけで、余罪はもっとあるでしょう。

不特定多数の「ボーイフレンド」がいる女性は、若いうちはそれだけで生活できます。

木嶋佳苗は若いころからそのような生活をしていたらしく、ソープに在籍していた理由は、「ボーイフレンド」を開拓していたのでしょう。

中学・高校から売春していたので、他人からお金を貰うことを何とも思わない、「働く」という事を知らない、つまり「まっとうにお金を稼ぐ」手段を考えられない人間になってしまいました。

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「私は他の女とは違う」を証明するための女子力磨き

まっとうにお金を稼ぐ術を知らない木嶋佳苗は、10代の頃の経験を活かし、「男性からお金をもらう」技術を磨きました。

木嶋佳苗の容姿だけで見ると、好感を抱かれる感じはしないですが、そんな彼女が、男性たちを虜にした理由はいくつかあると言われています。

こういってはなんですが、これだけの努力すれば、容姿など関係なしに男性はイチコロということですね。

声がきれい

これは天性のものですが、特に男性を魅了したのは、木嶋佳苗の「声」です。

まるで鈴を震わせたような優しく上品なソプラノ声だったそうで、甘く、言葉の選択も上手で、男性好みの声だったようです。

「全てがあえぎ声に聞こえる」ぐらいに甘い美しさに、木嶋受刑者の裁判を傍聴した人たちからは驚きの声が多数上がったとか。

このような声で電話で話したら、男性は想像を膨らませるのは仕方ありません、実際の容姿はあまり問題にならなかったのではないでしょうか。

料理が得意

有名料理学校を卒業した木嶋佳苗の手作り料理がズラリと食卓に並んだことに、ある男性は感動したそうです。

高級住宅地にある料理学校「ル・コルドン・ブルー」に通い、料理の腕を磨いています。

逮捕前、木嶋佳苗は「かなえキッチン」というブログを開設しており(現在は削除)、高級食材にこだわった手料理、外食やエステ、旅行などの体験をつづっていました。

だいたい高級スイーツを取り寄せたりしたグルメっぷりもブログには多かったと思いますし、ほかにも「ルクルーゼ」の鍋をたくさん持っている、とかで料理アピールしていましたっけ。

やっぱり「男性の胃袋をつかめ」という昔からの格言は本当だったのですね。

これだけ努力をしているのだから、あとはダイエットだけだと思うのですが、食欲だけは抑制できなかったようです。




字がきれい

実社会にでも、字が綺麗だといろいろトクをします。

「この人はきっと内面も美しい」と錯覚してしまうのですね。

言葉遣いや所作・身のこなしがとにかく美しい

裁判時、傍聴席のあちこちから「ブス」というやじがとんできました。

しかし木嶋佳苗は意に介さず、雰囲気はとても上品で、仕草も優雅、非常に感じが良かったそうです。

出・退廷時に女性刑務官が手錠を掛けるときも、彼女はニッコリ笑いながら両手首を合わせをながら差し出し、表情がなんとも可愛らしく優しいのです。

ブログで「お嬢様ストーリー」を演出

木嶋佳苗は東京に出てからブログを上手に利用し、「料理を学ぶ専門学校へ通うための資金を必要としているいいとこのお嬢さん」を演出することで、寂しさを抱える男性を転がして収入を得ていました。

真剣さと健気さを売りにして、男に夢を見させる手腕は超一級。

有名タレントが通う美容院に行き、同じ美容師を指名するなど、「外見磨き」も怠りません。

ほかにも男性から「いただいた」お金で高層マンションの最上階で暮らし、ワインレッドのベンツを運転していました。

こういったセレブ臭を漂わせることも、「清楚なお嬢さん付き合える自分」という男性の自尊心をくすぐるテクニックのひとつです。

しかし「性の奥義を極める」

「魅力的な女性」とは、最終的にはベッドの上のテクニックであるということが演出木嶋佳苗の結論でした。

・私は19才で男性と愛人契約を結びました。私は一般の女性とは違う。これはセックスのことです。

・私のセックスで癒しと活力を与えることができると思った

・セックスでお金を貰うことが正当な報酬と理解していた

・いろいろな性の研究をして、性の奥義を極めたいと思うようになった

これは、

・顎をひいた美しい姿勢で被告席に座り

・優雅な手つきでメモを取り

・時には拘置所職員が「お付きの人」にさえ見えてしまう美しい所作の人が

・鈴が鳴るようなきれいなソプラノ声で

木嶋佳苗が法定で話した内容です。

あまりのイメージのギャップに唖然です。

まとめ:容姿以外のテクニックで容姿はカバーできる

ということを見事に証明してくれました木嶋佳苗。

彼女が生まれ育った別海町は、北海道の中でも「僻地」と言われるところで、どこまでも広がる青空と海と草原以外、本当に何もありません。

プライドの高い木嶋佳苗は「自分はこんなところで終わる人間じゃない」と考え、この刺激のない環境から脱出するため、さまざまなテクニックを磨くべく奮起したのでしょう。

そのための強力な「アリバイ」が、

・透き通った愛らしい声

・ていねいで美しい言葉づかい

・美しい字

・料理上手

……といったスキル。

これだけの「スキル」を磨いたのですから、普通に生活していたらまともな男性と結婚できていたと思います。

ただ木嶋佳苗は、上昇志向とさえ形容できない並外れた強欲を秘めた女性でした。

若い頃はそれもパワーの源だと思うのですが、上京しても社交らしい社交はしておらず、どこまでも興味の対象は「他の女と違ってセレブな生活できる特別な私」だけ。

容姿には恵まれていなかった分、それだけ努力をしたということなので、この点においてだけは素直に凄いと思います。

しかし、これだけの努力をしても、彼女の凶行を止めるほどの男性には、ついに巡り会えなかったようですね。

明治時代、北海道にやってきた開拓者は、農家の三男や四男といった、実家には居場所のない人たちでした。

木嶋佳苗の先祖に当たる明治の入植者たちの怨念が、今の時代に刃となって、自分たちを追い出した東京に返ってきたのかもしれません。

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