私は10年くらい前、隣国の大韓民国が経済危機に陥ったとき、そちらのニュースに注目していた時期がありました。
この時に韓国の歴史や経済、日本との関係など、さまざまなことを勉強しました。
ネット界では韓国関係のニュースがひとつのブームで、いろいろな話題が取り沙汰されていましたが、その中でひとつのトピックが「韓国の大統領は、その退任後、ろくな目に遭わない」というもの。
順を追ってみると、大統領職という権限を手放したあとに、まるで報復されるかのように悲運な最後をとげる人がたしかに多いのです。
韓国の経済危機から約10年たちますが、その間に大統領が数人変わっています。
それ以降の韓国大統領は退任後、どうしているのでしょうか?
初代から順を追って調べてみました。
【参考】
朝鮮半島の悲惨な歴史の真実をわかりやすく解説 中国2000年日本50年
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大韓民国の歴代大統領一覧とその末路
李承晩(イ・スンマン)初代〜3代/1948-60 ▼亡命
韓国の初代大統領で、ザ・独裁者。
没落した両班(昔の貴族階級)の出で、朝鮮半島で育ちますが、20代の時にアメリカに留学して博士号まで取得しています。奥さんはオーストリア人。
太平洋戦争終了後に朝鮮半島に帰国、アメリカを後ろ盾に軍を味方につけ、大韓民国政府樹立を宣言、初代大統領に就任します。
12年ものあいだ、数々の独裁的な政策や弾圧、虐殺をくりかえした李承晩は、1960年4月の大統領選で4選をねらいますが、この頃にはもう彼を支持する韓国民はいませんでした。
しかし、大規模な不正と警察を総動員した強制の限りをつくし、強引に当選。
これは悪名高い「3.15選挙」と呼ばれ、四月革命へとつながり、ついには李承晩を失脚へと追い込むことになりました。
彼の養子が実の家族と一家心中するにまで追い込まれ、ついに李承晩は5月末、夜逃げのような形でハワイに亡命。
その5年後、ハワイの養老院で、90歳で客死しています。
尹潽善(ユン・ボソン)第4代/1960-62 ▼クーデター
国民の民主的な権利が認められた第二共和国憲法下において、大統領に就任しました。
大統領の権限を縮小し、議院内閣制を取ると、左派勢力が勢いを増し、北朝鮮統一の機運が盛り上がるという事態になりました。
南北に分断することでなんとか終結した朝鮮戦争終結直後の韓国にとって、これは体制の崩壊を意味します。
経済活動も停滞し、韓国は経済は深刻な不況に陥り、政府とその「お飾り」の大統領は、有効な手を打つことができませんでした。
最後は、朴正煕による軍事クーデターで大統領職を追放されます。
その後も野党第一党の党首として、議員活動を続けました。
1990年にソウル市内で死去。
朴正煕(パク・チョンヒ)第5〜9代/1963-79 ▼暗殺
軍事クーデターで政権奪取し、その後16年もトップの座にあり続けた、事実上の独裁者です。
軍人出身でしたが経済政策に注力し、日韓基本条約を締結、『漢江の奇跡』とよばれる高度経済成長をなしとげ、当時最貧国だった韓国の豊かな経済基盤をかためました。教育にも力を入れた人です。
しかし、縁故で引き立てて出世させた同郷の友人に、銃で暗殺されています。
動機ははっきりしていないのですが、犯人の父親は韓国内の宗教団体の総裁で、朴大統領の次女との関係が噂されていました。
そのことを朴大統領に報告したのですが、結果的に大統領は聞き入れず、このことを恨んでの犯行だったようです。
崔圭夏(チェ・ギュハ)第10代/1979-80 ▼刑事告発
朴正煕の暗殺後、後任が誰もいなかったことによる8ヶ月間の「つなぎ」の大統領。
影の薄い人物でほとんど力がなく、全斗煥の粛軍クーデターを追認、光州事件が発生しました。
退任直後に国会侮辱罪などで刑事告発されたものの、結果的には起訴猶予処分。
本人の意志によらない就任であったことと、大統領在任期間が短かったため、退任後も国政に関わることができました。
ソウル市内で死亡。
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全斗煥(チョン・ドゥファン)第11〜12代/1980-88 ▼25年後に追徴課税
クーデターで政権を奪った軍出身の大統領で、独裁的な人でした。
マスコミの統制、北朝鮮関係のテロや、国内の学生を含む運動家やホームレスの弾圧を強行するなど、まだまだ荒っぽい時代でした。
退任後も自ら財団を設置して政治に干渉しますが、利権介入などが発覚し親族が逮捕、その後不正蓄財が発覚。
光州事件への追及も行われ、ついには訴追されて死刑判決を受けました(金大中の計らいにより、のちに減刑、特赦)。
2004年にも子供の不正貯蓄について検察から出頭を求められています。
そして退任から25年が経過した2013年に「全斗煥追徴法」が成立し、一族の不正蓄財に対する強制捜査が行われ、追徴金の未納分1672億ウォンが発覚しています。
25年後に167億円の追徴金って……すごいですね……。
全斗煥元大統領は、この追徴法の捜査でショックを受け、アルツハイマー病を発症したと主張していますが、外部行事には何回も出席しているとのことです^^;。
盧泰愚(ノ・テウ)第13代/1988-1993 ▼懲役刑
ソウルオリンピックを開催し、民主化を推進し、外交が上手だった大統領。
退任後に不正蓄財の罪を問われ、光州事件の追及を受け懲役刑を受けています(のちに特赦)。
未納の追徴金230億ウォンは、親族が代納しました。
金泳三(キム・ヨンサム)第14代/1993-1998
任期終盤の1997年、アジア通貨危機が起き、国際通貨基金(IMF)の介入を招きました。
この事態は韓国国民からは恥辱的と受け取られ、そのまま任期で大統領を退任。
IMF介入は、金一家と親しくしていた韓宝グループ傘下の韓宝鉄鋼が最初に不渡りを出し、破綻したことがきっかけです。
潜在的な親日家で、政治の悪癖をなくそうと努力していた金泳三自身は、退任後も不正などを追及されてはいません。
父親の威を借るバカ息子(次男)が斡旋収賄と脱税で逮捕されましたが、次代の金大中大統領による特赦で赦免されています。
ソウル市内の病院で死亡。
金大中(キム・デジュン)第15代/1998-2003
民間交流で日韓関係を好転させ、日本とは最も良好な外交関係を築きました。日韓ワールドカップを共催したのもこの大統領の時です。
退任後は政治とは距離を置いて研究生活を送り、ソウル市内の病院っで死亡後は、国葬されました。
韓国の歴代大統領の中では、いちばん穏やかな晩年を送りました。
金大中自身は不正を追及されていませんが、息子3人を含む親族5人が、職権乱用の不正蓄財容疑で逮捕されています。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)第16代/2003-08 ▼自死?
なななななななななつかしい…………(´;ω;`)!!!
↑↑↑会議演説の途中、両手をズボンのポケットに入れたまま熱弁をふるう盧武鉉大統領。
先代の金大中の時代にIMFの介入は終わりましたが、その後は急速に韓国企業の外資化が進み、韓国経済はどんどん弱くなっていきました。
とにかくやることなすことすべを裏目に出すという辣腕を誇り、「味方にすればはなはだ恐ろしく、敵に回せばこの上なく頼もしい男」とまで当時のネット民に揶揄された、失政だらけの大統領。
盧武鉉を見出したのは金泳三でしたが、後年「彼を政治家にしたのは大きな間違いだった」とまで発言しています。
あらゆる的を正確にはずす政策手腕や、TPOのあらゆるギャップを顧みないユニークなふるまいに、韓国ウオッチャーをしていた当時の日本のネット民から、しかしこれほど愛された韓国大統領はいなかったでしょう。もちろん私も大ファン?でした。
盧武鉉は、大統領在任中に兄が斡旋収賄の罪で逮捕され、韓国の憲政史上初めて国会から弾劾され、一時大統領権限を停止されています。
結局は任期満了で退任しましたが、ふたたび不正献金疑惑が浮上、側近・親族があいついで逮捕され、韓国最高検察庁からの事情聴取を受けている最中の2009年に登山中に滑落死。
自殺か他殺かと憶測が飛びかいましたが、死亡する2か月前に「大統領になろうとしたことは間違いだった」との文章を残しており、「事故死」とされています。
韓国の経済を崩壊させたため、恨まれていました。
李明博(イ・ミョンパク)第17代/2008-13 ▼追徴課税
大統領在任中に、国会議員でもあった兄が斡旋収賄で逮捕、辞職しています。
その他、土地不正購入疑惑、国家情報院政治工作事件疑惑、110億ウォン(11億円)もの収賄疑惑で訴追されており、2018年に入ってソウル中央地方裁判所から懲役15年、罰金130億ウォン(約13億円)が言い渡されています。
朴槿恵(パク・クネ)第18代/2013~17 ▼投獄中
大統領のの個人的な友人である崔順実(チェ・スンシル)氏の国政介入問題により、支持率が5%まで急落。
占い師というあやふやな肩書きを持っていた崔順実氏に、韓国内の多数の団体の利益介入をさせたとして弾劾され、大統領権限の職務停止後、韓国の大統領としてはじめて罷免されました。
18件の容疑で起訴され、いまだ獄中につながれておりヘルニアが悪化、悪くすれば懲役100年の可能性もあるといいます。
文在寅(ムン・ジェイン)第19代/2017~
両親ともに、朝鮮民主主義人民共和国からの避難民(移民)なので、もともと北朝鮮人で、現在も北朝鮮との縁があることはまちがいありません。
弁護士として市民運動や人権運動に参加した後、盧武鉉政権で大統領側近として活躍しました。
「従北」「反米」、そして「頑迷な反日」という政治的姿勢。
「内政に行き詰まったら日本叩き」の伝統をこれまで以上に強く踏襲しており、現在、徴用工問題で今までにないくらい日韓関係が緊張しています。
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まるで生贄のよう
どうしてこのような悲劇が繰り返されるのでしょうか?
大統領に権限が集中しすぎている
韓国は、日本の議院内閣制と違って大統領制を採用しており、大統領には非常に多くの権限が与えられています。
大統領制を採用している国はいくつかありますが、まずアメリカには首相すらおらず、大統領が圧倒的な政治権力を持ち、絶大な力があります。
大統領と首相が併存している国は韓国、ロシア、フランス、ドイツがありますが、韓国はロシアに近い大統領のあり方で、大統領の方が圧倒的な政治権力を持ち、細かい仕事を首相に割り振っている形ですね。
フランスはもうすこし穏やかで、大統領が外交担当、首相は内政担当というふうに役割分担され、ともに政治の実権を握っています。
ドイツの大統領はお飾りのようなもので、首相の方が強いです。
大統領制度といってもこのように種々様々ですが、国の経済規模を度外視すれば、「韓国の大統領制はロシアのプーチン体制と似たものである」といえば、なんとなくご理解いただけるのではないでしょうか。
プーチン大統領は本人の能力も非常に高いですが、韓国の大統領は、制度が一人の個人を独裁者に仕立てているといえるので、任期中は歯止めがききません。
1期でのみで2期がない
韓国の大統領は、1期5年のみで、再選挙をはさんで2期めがありません。
これがどういうことを指すかというと、強大な権限を手中に収めた人間は、やりたい放題やるのです。「次」がないので「次」のことを考えません。「今だけ」なのです。
林修先生ではありませんが、人間というのはこういう制度下では「(権力を利用して利益供与・蓄財を)やるしかない。今でしょ!」になります。
強大な利権を目の前にぶらさげられたら恥も外聞もありません、厚顔無恥の中でもえりすぐりの鉄面皮エリートでなければ、韓国大統領職はつとまりません。
地縁血縁の強固さ
世界中どこへ行っても身内はひいきするものですが、韓国はそれが特に凄まじい。
地縁は普通にありますが、韓国の場合それに「ウリナラ(我が国)2000年の歴史観」が絡み、「あの地域のあの家は、600年前に私の先祖を虐げたから、機会があったらやり返してやる」と覚えていて、何百年も前のことをずっと根にもつという気質があります。
これはファンタジーではなく現実の話です。21世紀でもそんなに変わってません。韓国民は、本質的にこういう「時間の隔たりを超越した歴史観」を持っています。
また、韓国には「本貫」という、日本で言う「本籍地」のようなものがあり、苗字が「金」でも、出身地によって「○○金氏」「✖✖金氏」という「違い」があるのですよ。
最近は緩和されましたが、韓国の男女が結婚する時に本貫を調べて先祖が同じ「○○金氏」だということがわかると、なんと「同族」とみなされ、一昔前までは本当に結婚が忌避されていました。
「300年前でも先祖が同じだと同族」というものすごい血統主義でもありますが、これがいい方向に出ると「あなたの本貫も○○か」と意気投合し、すぐに仲良くなります。
こういった地縁血縁制に基づく仲間意識・結束力がとても強い民族性を持つ人たち。
だから、数百年もの隔たりがあろうと、同郷や同族の仲間が誰かが高い地位について権力を握ると、近くの人はもちろん、ちょっと遠い親戚の人たちもそれに群がります。
ゆえに大統領在任中、その親族および利害関係者には、実質的に「不逮捕特権」が付随。
「ウリナラ(自分たち)と関係ないよそ者」は、徹底的に疎外され、目の前で他人が肥えてゆくさまを指をくわえてみているしかありません。
だから、その「ご威光」「虎の威」の任期が切れてしまったとたん、恩恵にあずかれなかった人たちの逆襲がただちに始まるのです。
つかのま絶大な権力を手にした誰かにぱっと群がり、用済みになったら一瞬で葬られるのです。
まとめ:何かどんどんひどくなってる
朝鮮半島の人々には、中国によって長いあいだずっと虐げられ続けた苦しみを、どこにもぶつけられなかった歴史があり、そこから形成された「恨(ハン)の精神」という、独特の価値観があります。
これがすべての根底になっているのですが、長くなるので、このことについてはまた別の機会に触れたいと思います。
私がウォッチしていたのは盧武鉉の頃でした。
それ以降、大統領が3回変わっていますが、李明博も朴槿恵も、まともなその後を送っていません。
少ない例外はあるものの、特に盧武鉉からエスカレートしています。
「困ったときの日本叩き」は、自国民の不満を日本に向けてそらす、韓国の伝統的なお家芸で、それがだんだんエスカレートきています。
最近話題になっている徴用工問題など、条約無視という、やっていることが国家間の信義則を完全に度外視した、でたらめな行為です。
まだ任期はだいぶ残っていますが、今回の大統領はどうなるのでしょうか。
【参考】
朝鮮半島の悲惨な歴史の真実をわかりやすく解説 中国2000年日本50年
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