スルガ銀行岡野光喜の家系や経歴は?華麗なる静岡地方豪族の上級コネ!

スルガ銀行の融資不正問題を調査した第三者委員会が調査報告書を出したのですが、その内容があまりにひどすぎて、会長の岡野光喜氏が代表取締役会長CEOを引責辞任しました。

今春発覚し、おおいに世間を騒がせている「女性専用シェアハウス・かぼちゃの馬車」への投資トラブル問題、さらには創業家関連企業への巨額融資問題などの責任を取って、という形です。

シェアハウスビジネスのリスクを認識し、行内からも問題が指摘されていたにもかかわらず対応せず、さらには高収益の裏で無理なノルマを課し、不正が蔓延していたことが判明したのです。

以下、銀行内で横行していた、上司による壮絶な恫喝の一例です。(引用元:朝日新聞デジタル

「オマエの家族皆殺し」


「数字ができないなら、ビルから飛び降りろと言われた」


「机を殴る、蹴る。持って行った稟議(りんぎ)書を破られて投げつけられる」


「ものを投げつけられ、パソコンにパンチされる」


「支店長が激高し、ゴミ箱を蹴り上げ、空のカップを投げつけられた」


「死んでも頑張りますに対し、それなら死んでみろと叱責(しっせき)された」


「『なぜできないんだ、案件をとれるまで帰ってくるな』といわれる。首をつかまれ壁に押し当てられ、顔の横の壁を殴った」

いやあ、どこのヤ○ザ事務所でしょうか。

さて、会社の人材をここまで痛めつけて成績を上げさせたスルガ銀行のトップっていったいどういう人なんでしょう?

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岡野光喜の経歴について

まずは、基本的なプロフィールを確認。

生年月日:1945年2月5日(2018年で73歳)

役  職:スルガ銀行代表取締役会長兼CEO

大  学:慶應義塾大学経済学部

米・アイオワ州コーネルカレッジ留学

経  歴:
1969年富士銀行(現:みずほ銀行)入行(22)。
ロンドン支店勤務等を歴任する。

1975年駿河銀行(現:スルガ銀行)入行(30)。

1979年取締役(34)。

1980年常務取締役(35)。

1983年専務取締役(38)。

1985年代表取締役頭取(40)。

1998年代表取締役社長(53)。

2000年代表取締役社長兼CEO(55)。

2018年不正融資問題の責任を取り代表取締役会長兼CEOを辞任(73)。

岡野氏は出身は静岡県ですが、東京の大学を卒業後、そのまま当時東京に本社のあった富士銀行に就職しています。

実家が代々静岡の地銀の家系なので、東京の大学や銀行で修行を積む、人脈をつくるという意味があったのでしょう。

30歳で東京での武者修行を終え、実家の駿河銀行に就職します。

トントン拍子に出世し、なんと40歳でスルガ銀行の頭取になりました。これは当時の地銀業界で最年少です。

その後、実に30年以上にわたり、スルガ銀行のトップに君臨し続けました。

その他:
スルガ奨学財団理事長
ベルナール・ビュフェ美術館理事長
井上靖文学館理事長。
静岡県サッカー協会代表理事会長
慶應義塾評議員

などなど、肩書きもすごいです。

経歴をざっと見るだけで、慶応大学関係の学閥、アメリカやイギリスにもコネがありそうです。

大学って勉強しにいくだけでなく、コネや人脈を作りに行くものなんですよ。

管理人も来世は頑張りたいものです。

wikiに役員報酬の額が掲載されているのですが、

2013年度役員報酬1億9400万。

2014年度役員報酬1億9200万円。

2015年度役員報酬1億9200万円。

2016年度役員報酬1億9200万円。

2018年3月期の報酬1億9700万円。

毎年約2億円の年収があるんですよ。すごいですねえ…。

スルガ銀の株式を24万5000株保有。

↓↓↓んで、家賃約150万円という、東京メトロ南北線の六本木一丁目駅から徒歩5分の場所に立つ地上32階建ての高級賃貸マンションに住んでいます。

階数はわかりませんが、建物自体はすぐ見つかりました(笑)。

岡野光喜氏は静岡県内の高級住宅地に自宅だか別宅だかを持っているので、ここはさしずめ「江戸屋敷」というところでしょうか。

とにかく、桁外れのお金持ちってことですね。

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スルガ銀行の歴史

それにしても、銀行で30年以上トップを張り続けるのってすごいですよね。なぜ、ここまでの長期政権を維持できたのでしょう?

理由は、スルガ銀行はもともと岡野一族の銀行であり、岡野家の人間が代々頭取を務めてきた同族経営の会社だからです。

岡野光喜は、その5代目のトップに当たります。

※親子関係で見た場合は4代目ですが、岡野光喜氏の叔父が一度代表になった時期があり、直系でずっと継いだわけではないので、トップとしては5代目の計算です。

スルガ銀行をを創業した岡野喜太郎は、光喜のひいおじいさんに当たります。

岡野家はもともと、現在の静岡県沼津市青野にあった名主の家柄で、喜太郎は江戸時代末期の1864年に長男として生まれました。今でも「スルガ銀行沼津青野支店」というのがあります。

↓↓↓えらくハイセンスな建物。

師範学校に進学した喜太郎(←学校の先生だったんですね)が20歳の頃、郷里が大水害に襲われ、世情不安から農民一揆が起こる状況に陥りました。

喜太郎は郷里を救済するために学校を辞め、自ら率先して農耕事業にいそしんで復興に尽力し、1887年に貯蓄組合「共同社」を立ち上げたのです。今で言う共済のようなものでしょうか。

この村民17人が月掛10銭で始めた組織が、今に続くスルガ銀行の母体になりました。

故郷を災害や貧困から救いたい、という喜太郎氏の信念からスルガ銀行は始まっていたのです。

8年後の1895年、「共同社」を母体とし、全国で一番小さい銀行「根方銀行」が設立されます。なんと自宅の製菓茶屋を改造したつつましい事務所で、社員数名からのスタートだったといいます。

共同社はやがて神奈川県や伊豆地域に店舗を展開し、やがて「駿河銀行」に改称し、現在のスルガの基盤を築いていったのです。

1920年代にアメリカ発の世界恐慌が日本に伝播すると、当時の明治政府の方針により銀行統合が次々と進められて静岡銀行への統合を大蔵省から指示されますが、喜太郎はこれを断固拒否。

大蔵省の強権発動で多くの地方銀行がやむなく合併していく中、大蔵省に断固反対して合併を免れた銀行は数少なく、駿河銀行が単独で存続しえたのは、まさに創業者・岡野喜太郎の信念によるところが大きかったのです。

しかも、戦後、神奈川県の復興支援では、現在の貨幣価値に換算して70億円(当時の駿河銀行の預金残高は12億円!)の融資を行っており、スルガ銀行は神奈川県でも強い影響力を維持するようになりました。

このような経緯があり、駿河銀行では岡野家が特別視され、頭取を代々つとめるという風土がつくられていったのです。

その後、岡野家の長男が代々スルガ(駿河)銀行の頭取を世襲していくことになりました。

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岡野家の系図

まあね、ひいおじいさんは頑張りましたけど、でもですね、1895年から2018年まで123年あります。

これだけ同族経営が続けば組織が腐るのも仕方ないよねという系図を追ってみました。

【創業者・岡野喜太郎】(頭取:1895~1957・62年間)

この人の奥さんは、駿河銀行の取締役の娘さんを奥さんにしています。

たぶん、最初に「共同社」を立ち上げた時からの古い仲間の娘をもらったのでしょう。

沼津にもたくさんお金を落とし、勲三等瑞宝章を授与されています。101歳没。

【2代目頭取・岡野豪夫】(頭取:1957~1964・7年間)

喜太郎の長男。

この人の奥さんの出自はよくわかりませんが、本人は沼津市議会議員をつとめており、その後駿河銀行の専務になっています。

創業者の喜太郎が93歳まで頭取の座を譲らなかったため、この人はその間、議員になって地元で地盤を固めていたのでしょう。

いやもうせめて80歳くらいで後進に道譲ろうよおじいちゃん。

専務・取締役にはなったようですが…えーと、68歳でやっと頭取になったようですね。

おじいちゃん頑張りすぎ。

【3代目頭取・岡野喜一郎】(頭取:1964~1981・17年間)

豪夫の長男。

三井銀行に勤めたあと、実家の駿河銀行に戻り、常務⇒専務⇒頭取⇒会長。

この人は2回結婚しているようです。

最初の奥さんは地元の女性らしいのですが、2度目の奥さんは㈱文化放送取締役の娘と結婚してます。



【4代目頭取・岡野喜久麿】(頭取:1981~1985・4年間)

3代目頭取の岡野喜一郎がはやく亡くなってしまい、順番で行けば長男の光喜氏がスルガの頭取になるところですがまだ彼が37歳と若かったため、光喜氏の叔父にあたる喜久麿氏が一時期頭取になりました。

2代目・岡野豪夫の3男にあたります。

この人の奥さんがなんだかすごい人で、「さいか屋」という神奈川県川崎市に本拠地を置く東証2部上場企業の社長の3女です。

この「さいか屋」は、神奈川県の「岡本氏」という一族が経営する百貨店・通販会社なのですが、喜久麿氏の奥さんとなった女性の父親もまた「さいか屋」の社長で、戦前、衆議院議員を経験してます。

この神奈川県の岡本一族は、広く見渡せば、この「さいか屋」を中心に、田中貴金属工業や三菱銀行、横浜銀行、大丸百貨店、大蔵省とも縁戚関係にあります。

そういった一族の女性を妻にもらっているのですから、まあ上流階級の政略結婚ってすごいですね。

初代の喜太郎氏が神奈川県の復興支援をした関係がもとなのでしょうか。

【5代目頭取・岡野光喜】(頭取:1985~2018・33年間)

ここで先日退任した岡野光喜頭取です。

こうして頭取に就任した期間を眺めると、「岡野家の長男は40歳になったらスルガ銀行頭取に就任する」という家訓のようなものがあるようです。

4代目頭取の喜久麿氏は、光喜氏が40歳になるまでの完全な「繋ぎ」ですねこれは。

5代目光喜氏は、創業者・喜太郎氏に次ぐ「長期政権」を維持していたところです。

彼は、伊勢丹社長の娘を妻にしています。

この奥さんの実兄は、三菱銀行に勤めています。

地盤を固め、周囲の実力者と縁戚関係で脇を固め……まさに「静岡の地方豪族」です。

すごいですね……逆に言えばここまでやらないと権力ってつかめないんですね(゚д゚lll)。

あと、2・3・5代目の頭取は全員慶応大学卒業で、岡野家は代々「慶応閥」です。

まとめ

岡野一族は、時期はわかりませんでしたが、皇太子夫妻を泊めるほど皇室と懇意にしているとのことです。

また、安倍首相や小泉元首相ともつながりがあると聞きます。

根回しは万端、という感じですが、金融庁はどこまで踏み込めるでしょうか?

地方豪族が中央貴族とつながって私腹を肥やす……とは、今昔物語の昔からある構図です。

クレマチスの丘や駿河平分譲地という「荘園」まで持ってます。

なんのことはない、1000年前と同じことしてるだけです。

こーやって自分たちの身はしっかり守ってあとはやりたい放題。

ところでスルガ銀行6代目頭取予定の、光喜氏の長男はどうしたんでしょう? 光喜氏の後任は、米山明宏氏が2年で退陣し、現在は有国三知男という銀行家が頭取です。

岡野光喜氏には先妻との間に男の子がいて、…なんだか微妙な会社の社長やってます。

光喜氏の年齢から考えて、そろそろ40歳になっていてもいいはずです。

順当に岡野家のコースに乗っていればスルガ銀行の頭取になるはずですが、そもそも銀行家ではないようで、まったく別のコースを歩いています。

皇太子夫妻を接待したのなら、次の狙いは親族の中の適当な男子を愛子さまにあてがって天皇家の外戚を狙うのかもしれませんが、岡野光喜氏に男の孫がいるかどうかはわかりません。

でも、上記のような会社の社長の父親では、愛子さまは降嫁不可能でしょう。

よかったよかった^^;。

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