貴景勝の実家はお金持ち!芦屋の父母の職業は?名前の由来も!

大相撲秋場所において、千賀ノ浦部屋の貴景勝が、12勝3敗という好成績で、初優勝を果たしました!

今場所は3横綱1大関が不在となった前半戦でしたが、貴景勝がそんな沈滞ムードなど吹き飛ばしてしまいました。

一躍時の人となった貴景勝は、兵庫県芦屋市の出身です。

芦屋といえば高級住宅街が並ぶ、「お金持ちの街」というイメージが強いですね。

優勝の記者会見でおぼっちゃま育ちなのかと聞かれると、「芦屋でもいろいろありますから」と返して会場を沸かせていましたが、実は本当にお金持ちの家庭で育ったお坊ちゃんかもしれません。

今回は、貴景勝について調べました。

【参考】
モンゴル互助会とは何?メンバーは誰?貴ノ岩がんばれ超がんばれ!!

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貴景勝のプロフィールについて

四股名 佐藤 → 貴景勝
本 名 佐藤 貴信
愛称 タカノブ、芦屋の暴れん坊
生年月日 1996年8月5日(2018年で22歳)
出身 兵庫県芦屋市
身長 175㎝
体重 170kg
BMI 55.51
中学校 報徳学園中学校(相撲の強豪校)
高 校 埼玉栄高校
(普通科アスリートコース特待生)
大 学 通信制大学
所属部屋 貴乃花部屋→千賀ノ浦部屋
番付 東小結

貴景勝は生まれながらの負けず嫌い。

ゲームをしていて自分が負けそうになるとボードをひっくり返すというくらいで、これはスポーツ選手にしかできないな、と父親は考えたそう。

まず空手をやり、小3から本格的に相撲を始め、猛稽古の日々が続きます。

小学校時代は4年生のにわんぱく相撲で全国3位、5年生に2位、6年生に3位でした。

なお、貴景勝は小学校の卒業文集に

「二十歳で横綱になり、優勝は35回以上したい」

と、将来の夢を綴っています。

中学校は相撲の強豪校の報徳学園中学校に進学し、3年次に全国中学生相撲選手権大会に優勝し中学生横綱のタイトルを獲得するという実績を残します。

中学卒業後は埼玉栄高校の相撲部監督され、特待生入学し、3年生で台湾で行われた世界ジュニア相撲選手権大会の無差別級で優勝するなど、多くの大会で抜群の成績を残しましています。

なお、貴景勝に兄弟はおらず、一人っ子です。

貴景勝のお父さんはどんな人?

貴景勝の優勝の裏には、幼少期から二人三脚で相撲道を歩んだ父・佐藤一哉さん(57)の存在があります。

厳しくも愛情にあふれた「平成版・巨人の星」とも言える指導で、息子を大相撲の小結優勝にまで導きました。

父・一哉さんは現役時代の貴乃花の大ファンで、貴景勝の本名である「貴信」の「貴」の字は貴乃花の名前から取り、さらに織田信長の「信」の字をあてています。

「男として生まれかからには、天下を取らないとダメだ」という願いを込めて、この名前をつけました。

一哉さんは極真空手の指導者であり、貴景勝も5歳から空手を習っていますが、全国大会で準優勝という実績を残しています。

しかし、ある大会の決勝で受けた判定に納得がいかず「おかしい判定(反則)で負けにされた。判定がある競技はやりたくないと思った」と主張し、小学3年生からは相撲に転向、地元の道場(関西奄美相撲連盟)に通い始めました。

「今は22歳だけれど、生まれてからの総稽古量は30歳を超えた力士より多いと思う」とコメントするくらいの猛稽古の日々。

立派な力士になるため、一哉さんの指導では食事もトレーニング。

もともと食が細いからスナック菓子と炭酸飲料は禁止。基本は野菜ジュースと肉とご飯。

・450gのハンバーグ3枚

・牛丼特盛り3杯

などを食べ続け、小学4年生の頃に30㎏だった体重は、小学校を卒業する時には40㎏増えており、70kgを超えていたとか。

中学の時から、夕食だけで肉を1キロ食べていたそうです。

相撲の稽古が終わって30分以内に丼を3杯食べるというお父さんルールを徹底され、すっかりハンバーグが苦手になってしまったとか(笑)。

一哉さんの仕事内容の詳細は明らかにされていませんが、自営業とのことで、尼崎市で保育園を経営しているようです。

以前は不動産業も経営していて、ここで貴景勝のお母さんと出会いました。

芦屋のお金持ちの子女の保育園なのですから、保育料も高そうです^^;。

一人息子にこれだけの投資をし、リソースを注ぐことが可能な収入はあるのでしょうね。

貴景勝のお母さんは超美人!

そんな食事を毎日つくってくれたお母さんには感謝していると、貴景勝は話しています。

純子さんは息子の角界入りを、本当は最後まで反対していたそうですが、それでもそういう食費を毎月30万円の食費をかけてサポートしていました。

毎日、スーパーで肉を5パックを買うので、店員さんから「ご家族が多いんですね」と聞かれたので「うちは一人息子」と答えたら「ライオンの子供でも飼ってるの?」と返されたそうです。

小学校の頃からこれだけの投資ができるということは、やはりお金持ちなのだ思います。

貴景勝のお母さんの名前は純子さんで、51歳になります。

この写真でも十分に伝わる美しく上品な佇まいをご覧下さい、「たかけーしょーのカーチャン、すげーきれー!」と、元貴乃花部屋の力士たちからも大人気だったそうです。

大事に育てられてきたことがよくわかる、まるで女優のような方です。

「芦屋」という地域ブランドに恥じない、お金持ち層の出身の女性、つまり「いいところのお嬢様」です。

純子さんを「あまりにもお美しい」とマスコミに言われた父・佐藤一哉さんは「よく言われます」と返していました。夫婦仲はいいんですね。

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貴乃花部屋から千賀ノ浦部屋へ

お父さんが以前から貴乃花の大ファンだったため、貴景勝は、小学校4年生から6年生の間まで、神戸の芦屋の実家から東京にある貴乃花部屋のキッズクラブまで稽古に通っていました(やっぱりお金持ちですね)。

幼少期に「芦屋の暴れん坊」と呼ばれていたのは、野原で自身と同じぐらいの高さの草と格闘したことからで、このエピソードを聞いた当時の貴乃花親方は、不思議な鍛え方もあると感心し、貴景勝に目を付けました。

その時に、貴乃花は直々に土俵で胸を貸し、何度もぶつからせてくれたのです。

その後、貴乃花親方から「四股を踏んでみろ!」と言われて、貴信少年は黙々と四股を踏み続けたんですね。

そうしたら、親方がお父さんに、「四股が素晴らしいし、気持ちも強い。この子は絶対に強くなりますよ!」と声をかけました。

その言葉に、親子いっしょに大感激!

憧れの人からそんな言葉をかけられたら、それはそれは嬉しいものです!

貴景勝は、高校卒業後の進路はもちろん角界入りを希望で、3年時の10月開催の国体終了後に入門する予定だったのに、待ちきれず国体前の2014年9月場所で貴乃花部屋に入門しました。

※貴景勝は、高校はちゃんと卒業しています。

今回、22歳で小結優勝という快挙を成し遂げても、貴景勝はまったく笑いませんでした。

それは元師匠の貴乃花親方の教を守ったからです。

その教えとは、

勝っておごらず、負けて腐らず。

負けて悔しいのは当たり前、それを表に出すな。

というもの。

決して相手を傷つけることなく、負かした相手に手を差し伸べられるだけの度量・器量・実力を身につけさせたい

「淡々とすることが大事」という、元師匠の教え通り、貴景勝は感情を表に出さず、淡々と会見に臨んでいました。

貴景勝が優勝したことを電話で元師匠の貴乃花に伝えると、こうアドバイスされたそうです。

ここから先を戦え、ここから先は一歩も引くな。

次の鍛錬を、今ここで土の上で始めよ。

なお、貴景勝の化粧廻しは、師匠・貴乃花の長男で靴職人の花田優一がデザインしたものを使用しています。

貴景勝の由来は?

しこ名の「貴景勝」は、当時の師匠・貴乃花が尊敬する戦国武将の上杉謙信の後継者、「上杉景勝」にちなんでつけられました。

貴  ⇒ 乃花

景勝 ⇒ 上杉景勝

です。

貴景勝は「元師匠の思いを受け継ぐ意味がある。しこ名に恥じないよう、これを機に飛躍したい」と話しています。

千賀ノ浦親方がめちゃんこいい人

貴景勝に「大関」という名前の日本酒を注いでいる、祝い酒を飲んで顔が赤くなっている人が千賀ノ浦親方(元小結・隆三杉)。

あだ名が「ドラえもん」というらしく、人懐っこい表情で笑う人で、人気急上昇中。

千賀ノ浦部屋のHPには、親方の直筆で『どの子も我が子』と書かれた毛筆が掲載されています。

千賀ノ浦親方は、貴乃花部屋から来た力士たちを、暖かく迎え入れてくれました。

貴景勝も「非常に温かく迎えていただき、もともと前の部屋でお世話になっていた師匠。すぐに環境に慣れることができました」と感謝の意を表しています。

ちょっと正直なところ、下手をすれば千賀ノ浦部屋の居候になりそうだった元貴乃花部屋勢の食い扶持を稼ぎ、今回の優勝のおかげで部屋の運営資金にしばらく困らないでしょうし、いくつもの意味で貴景勝グッジョブです。

貴乃花部屋も雰囲気があまり良くなかったようですし、千賀ノ浦部屋に移籍したことで貴景勝は実力を発揮出来たのかもしれません。

千賀ノ浦親方も、周囲の盛り上がりにうれしい悲鳴をあげています。

千秋楽恒例の打ち上げは80人ほどを見込んでいたのに、倍以上の参加の申込みがあったといい、「旧貴乃花部屋の弟子を預かってすぐ優勝争いというようなことは考えてもいませんでした」とコメント。

まあ貴乃花も大変でしたが、千賀ノ浦親方だって怒涛の数ヶ月でした。

突然大所帯になったので大変だったと思いますが、このまま若い力士さんを引っ張っていっていただきたいです。

まとめ:関脇じゃー!

いろいろ総合すると、やはり貴景勝は、余裕のある、裕福な家庭で育ったと推察できます。

両親の援助と、365日猛稽古したという本人の努力が合わさって、そのポテンシャルを開花することができたのですね。

このため、貴景勝は22歳という若さで、小結優勝を果たすことができました。快挙です。

小結で優勝した力士は18年ぶりで、2代目貴乃花(18)、2代目若乃花(22)、魁皇(28)など、その後横綱や大関にまで上がった有力な力士が多く、貴景勝の今後の活躍が期待されるところです。

関脇昇進になると思いますが、初場所も楽しみにしています!

千賀ノ浦部屋ああああああああファイトおおおおおおおおおおおお副業もうちょっとうまくいったら後援会入ります!!

【参考】
モンゴル互助会とは何?メンバーは誰?貴ノ岩がんばれ超がんばれ!!

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