ミスターマリックの娘はLUNA(ラッパー)!偉大な父親を持つ娘の苦悩

1990年代に大人気だったマジシャン・ミスターマリックさん。

あの時代は楽しませてもらいました、あれって結局は「手品」でよかったんでしたよね^^;?

演出の方法が非常に優れていて、キャッチフレーズは「超魔術」でしたが、それをとびこえて「超能力」と勘違いした視聴者が多かったくらいで、バッシングにまで発展して騒動になりましたね。

そんなミスターマリックさんに、お嬢さんがいます。

ミスターマリックさんの本名は「松尾昭」といいますが、お嬢さんの名前は「松尾るな」。

父親の職業が「マジシャン」という、少々アンダーグランドちっくな職業だったため、いろいろ苦労したみたいです。

本日は、偉大な父親をもった松尾るなさんのことをご紹介します。




LUNAのプロフィール

まずは基本的な経歴を確認。

出生名 松尾 るな
生誕 1980年5月24日(2019年で39歳)
出身地 東京都品川区五反田
家族構成 父、母、兄1人
ジャンル ヒップホップ、R&B
職業 シンガーソングライター、タレント、fashionデザイナー
担当楽器 歌、RAP

LUNAさんはラッパーとして活躍するミュージシャンですが、ハンドパワーで一世を風靡したミスターマリックの実の娘です。

現在では父親と同じくエンターテイメントの世界で活動していますが、親子関係であることは長らく隠されていました。

それはマリックさんがマジシャンとして大成功をおさめたことで、彼女は逆に壮絶ないじめに遭っていたからです。

教室に入るとミスターマリックのテーマ曲をクラスの男子が口真似してからかい、給食の時間になると、「スプーンを曲げてみろ」とからかわれ、「きてます、きてます」とはやしたてられ、「詐欺師の娘」とまで言われます。これだからがきんちょは。

当の父親は仕事を優先して子育ては妻に丸投げ、家にはほとんど帰らず、力になってくれません。

たまに帰宅してもマジックのネタ作りで頭がいっぱいで、自分の部屋にこもりっきりだったと言います。

LUNAさんと父親の遠い距離

LUNAさんは、父親と会話らしい会話をした覚えがありません。

父親というより「家にミスターマリックがいる」感じで、もちろん、抱っこしてもらった記憶もなし。

確かに、彼女の幼少期はマリックさんにとって勝負の時期であり、地方の仕事やテレビの仕事が増え始めた時でもあります。

マリックさんの部屋には母親さえも入ることができず、彼が帰宅しても挨拶すらありません。

いつしかLUNAさんは父親自体を避けるようになり、マリックさんが帰宅すると、彼女は自分の部屋に隠れるようになりました。

仮にLUNAさんが普通のマジシャンの娘だったら、状況はかなり違ったものになっていたでしょう。

しかしマリックさんの場合は超魔術という、超能力とのボーダーがあいまいで、非常に分かりにくいものでした。

その分かりにくさが、テレビ画面では評価されたものの、実生活を一緒にするまわりの人間のストレスとなり、風当たりを一層強くしていたと言えます。

この時期、LUNAさんの兄は毎日部屋にこもってゲーム三昧、妻とのコミュニケーションもゼロとなり、マリックさん自身もバッシングストレスの影響で顔面麻痺になったこともあり、どん底状態でした。

それでも、ミスターマリックはLUNAの学校行事はおろか、彼女が交通事故で入院しても見舞いに来ません。

そのような背景があり、年頃になった彼女は、地元の非行グループに居場所を見つけるようになります。

LUNAさんは仲間をつくって自分を守るために「大崎 大森 大井 愚連隊」なる不良チームに属し、悪さを率先して行うようになります。

それは自分が特別な存在ではなく、普通の子供であることを示すため。

そして、次第に家にも寄り付かなくなり、外で遊び歩く生活が続きます。

LUNAさんは私立中学に進んでも荒れまくり、数々のいたずらを重ね、遂には素行不良で退学処分を受けてしまいます。

どうやらLUNAさん、学校のほぼ全ての校則を破っていたようで……。

どうも、上級生からパーティーチケットを売りさばく命令を受けて巻き込まれたのが、退学の決め手になったようです。

てゆーか、当時ほとんど娘と接点を持ってなかったマリックさんは、LUNAさんが私立中学を中退したことで、初めて「グレた娘」に気付いたようなのです。

さすがにあわてたマリックさんは、校長先生に直接事情を話そうとしたものの、なぜか連絡が取れません。やっぱり避けられていたんでしょうか。

しかしそこはMr.マリック、ハンド間違い「芸能人パワー」を使い、とある偉い人物を介し、その人の影響力を使って校長先生に面会を取り付け、直接事情を説明しました。

その結果、LUNAさんの退学はもみ消し無くなります。

誰なんでしょうね、議員さんでしょうか。

LUNAさんとマリックさんの初めての会話

この時、マリックさんは初めて自分の娘と向き合うことを決め、自宅の自分の部屋にLUNAさんを呼び、そこではじめて親子の会話らしい会話が紡がれました。

父親は娘に言いました。

「学校なんてどうでもいい。それよりも、お前は何がやりたいんだ」

父親の部屋でLUNAさんは、

「やりたいことを見つけないと、幸せではない」

「何かひとつ、やりたいことを見つけて突き進みなさい」

と言われます。

マリックさんにとってはそれがマジックであり、自分の娘にエールを送ったつもりなのです。

父親の言葉は、彼女の心に重くのしかかります。

それまで会話らしい会話をしたことがありませんでしたが、マリックの魂の言葉はLUNAの心に純粋に響きました。

彼女はその時を振り返って、心の鎧のようなものが一気に取れた感じがしたと述べています。

それまで彼女がつっぱていたのは、マリックの娘と馬鹿にされたり、妙に近寄って来るのを跳ねのけるためでもありました。

蛇足ですが、LUNAさんは小学校のの時、給食で配られるスプーンを父親に曲げてもらってこいと同級生からせがまれ、スプーンを1日10個ぐらい家に持ち帰ることになっていました。

そのことをLUNAさんは、自分に関心のない父親のマリックさんにはとても言えず、自分の腕力で曲げていたそうです。

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LUNAさんラッパーの道へ

親子の会話があってから、LUNAさんとマリックさんの関係性、は徐々に変わり始めます。

彼女は高校に進学せず、マリックさんの資金援助のもと、アメリカのニューヨークに留学し、ボイストレーニングなど音楽修行を積み重ねます。

歌の世界に本格的に進んでみると、あらためて分かってくることが沢山あり、そのひとつが父親の凄さです。

彼はテレビの仕事が終わっても、そのままの衣装で帰宅していました。その理由は一秒でも早く帰宅して、マジックの練習と研究をするためです。

当時のLUNAさんは、衣装のままの父親に距離を感じていましたが、自分が音楽の道に進むことで、あの時のマリックさんの、仕事に打ち込む姿勢を理解することができました。

LUNAがヒップホップに出会ったのは、本場であるニューヨークに音楽留学していた時です。

それまでは音楽の道で生きたいと思っていたものの、具体的にどの方向に進むか迷っていました。

それが本格的なヒップホップに触れたことで、この道しかないと直感します。

中学を退学するまでの、不良グループとの付き合いも彼女の音楽性に影響していました。

アメリカで本格的に活動を始めた後、LUNAは日本のクラブイベントでも「クラブクイーン」として名前が知られるようになります。

ただし、マリックの娘であることは伏せたまま。

父親との関係は改善したものの、彼の名前の力で成功することは考えられませんでした。

DAIGOさんとの出会いでカミングアウト

LUNAさんは父親の名前を隠してラッパーとして活躍していましたが、彼女の気持ちを変えさせた人がいます。

それは、同じ二世タレントでもあるDAIGOさん。

ご存知のとおり、彼の祖父は元総理大臣の竹下登で、DAIGOさんはそのことをテレビでも公言してはばかりません。ペラペラ話してます。

世間も彼を親の七光りならぬ、祖父の七光りと非難することはありません。

それを見たLUNAさんは、「言っても大丈夫なんだ」と感じ、それをキッカケに心のつかえが取れ、彼女は父親の名前を公表することにしました。

ラッパーとして自身の過去の出来事を振り切ったように見えたLUNAさんでしたが、DAIGOさんに出会うまでは、深い葛藤を抱えたままでした。

最終的にマリックの娘であるのを公表できたのは、父親との適度な距離を保てるようになったことも要因ではあります。

彼女にとってラップとは、自分をすべて曝け出すこと。

それゆえ彼女が全てを公表したのも、ラップの道を行く者として、必然的な過程だったのかもしれませんね。

しかし忘れないでいただきたいことは、ここまでのことはすべてLUNAさんの心の中のモノローグであり、物理的・心理的な意味で父娘の距離が縮まったということではありません。

2015年時点では、2人はまだ「地球と月」ぐらいの距離感で、目を見て話すことがなく、ほとんど会うこともなく、マリックさんは「二世ブームがなかったら多分疎遠のまま」と証言しています。

LUNAさんはクラブクィーンと呼ばれる存在になりましたが、

・娘のライブにマリックさんが観に行ったこともなく、

・LUNAさんもマリックのハンドパワーを目の前で観たことがなく、

LUNAさんはマリックさんの電話番号さえ知らなかったようです……。

なんちゅう寂しい親子関係でしょうか。

あるテレビ番組で、マリックさんが初めてLUNAさんの目の前でマジックを披露しますが、あっさり失敗。パパ……。

まあたいへん微笑ましいのですが、多少はふたりの距離は縮まったのでしょうか。




LUNAさんの活動

LUNAさんは初のフルアルバム「Queen of Street」で、歌と同じポジションのラップを取り入れました。

そのスタイルは好評を博し、CDと配信ともに好セールスを記録し、2009年には自社レーベル「LIBOOTY RECORING」を立ち上げています。

クラブやテレビ出演を含めれば、年収面でも父親に引けを取らなくなったと言えますね。

↓↓↓長い青い髪の女性がLUNAさん。スローテンポのラップです。

まとめ:カネで解決する親にはカネ出してもらおう

自分の仕事が最優先で、自分が稼いだカネでそれで家族を養っている、と当時のマリックさんは必死だったのでしょう。

それにしたって娘の運動会や入卒業式も1度も訪れたことはなく、娘の携帯の電話番号さえ最近まで知らず(教えてもらえず)、誕生日もようやく知った……というのは、いくらなんでも行き過ぎでですよね。

家庭崩壊を引き起こす親の特徴として、「仕事と家庭のONとOFFがない」、「子育てを妻に丸投げする」、「大事な時に叱れない」ということが挙げられます。

昔のマリックさんはこれらをコンプリートしており、「金さえ稼いでいれば文句ないだろ!」という姿勢でした。

こういったカネカネパパには、「自分が将来ビッグになるため(ひいてはお父さんにもメリットになるから)」などとうまいこと言っといて、とりあえずカネだけ絞り上げて自分の能力を伸ばせる環境を提供させましょうね。

和解など、お互い生きていれば20年後でも間に合います。

無理に距離をつめてもこじれるだけなので、距離を置くほうが優先です。

父親の最優先の価値観がカネなら、こっちだってカネを最優先にして話を進めるのです、価値観のピントを合わせましょう。

LUNAさんはどこまで考えていたのかわかりませんが、結果的にいい選択をしました。

2017年頃には、父娘の距離もかなり縮んでいる様子で、2人で「しくじり先生」にも出演していましたね。

マリックさんは「いまこの場にLUNAと2人で立っていることは、ハンドパワー以上のミラクル」と語っています。

いい娘さんに育って良かったですね。NYの水が合っていたんでしょうね。

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