雅子さまの病状の原因は?平成の皇室は壮絶なモラハラ職場

雅子さま、順調に病状が回復してきており、良かったです。

天皇陛下と御成婚時は、日本中が雅子皇后の美しさにわきたったものです。

しかし次代の皇后になることが決まった若く美しく聡明な雅子さまに、もう定めのごとく、「女の嫉妬」が炸裂したとしか形容のしようがない「いじめ」が次々に降りかかります。

雅子さまは、美智子上皇后や紀子妃にはできた、皇太子妃の最大の仕事である「男の子を産むこと」だけができなかったという究極の弱みを持ってしまっただけに、なおさらです。

単に「嫁姑問題」とは言えない点が皇室の難しいところですが、それにしたって「ここまでやるか」的なエピソードが枚挙にいとまがありません。

私も最初は半信半疑でしたが、職場でお局どもズのモラハラをさんざん受け、適応障害で休職したことのある身としては、今は雅子さまの苦しみがよくわかります。

現代においては、働いたことのある女性なら「職場モラハラ」「お局さまのいじめ」といえば、雅子さまの苦しみを理解していただける方は多くなってきているのではないでしょうか。

雅子さまの苦しい立場を、「職場モラハラ」に置き換えてまとめてみました。

【参考】

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職場のお局たちは群れて若い新人女性社員をいびりたおす

雅子さまより先に皇居に住んでいた美智子上皇后は、紀子さまと組んで新入りの雅子さまいびりをしています。

いやー、職場あるあるですよね。

「その職場に長く居るだけ」しか能のないお局さまとその子飼いの取り巻きが、新参者の若くて優秀な女性社員をいびる図ですよ。いやー美しい日本ですね。

先日、テレビで天皇皇后両陛下の30年記念の振り返り映像が、上皇上皇后、東宮家、秋篠宮家の全員で、視察をされていた様子が放送されていました(動画が見つからなかった)。

雅子さまが動物にエサをあげていたのですが、上皇ご夫婦をはじめ、秋篠宮一家の全員、眞子さま佳子さままでが、雅子さまをおいてけぼりにしてさっさと歩いて行ってました。

天皇陛下だけが雅子皇后を待っていた姿を見て、ああ、美智子さまと紀子さまが結託して雅子皇后をいじめているうわさは本当かもしれないな…と思ったのがきっかけで気づきました。

職員に誘導されても、随行員の誰かが気付いて止められなかったのでしょうか?

国民に気づかれてしまいましたよ。なんと無能な宮内庁職員。

女性というのは、自分のテリトリー内に自分より若い女性、しかもスーパーに優秀な女性が存在する、というだけで狂うものです(体験談)。

ネットスラングで言うと、天皇陛下が搾取子で、秋篠宮さまが愛玩子というやつです(笑)。

1993年のサミットや晩餐会でみる孤立

天皇陛下と雅子皇后の御成婚は1993年。

6月15日から3日間の皇太子ご結婚披露宴のあいだ中、若く美しく聡明な雅子さまが豪華なドレスを着て、日本国中の祝福を受けました。

その直後、1993年7月に東京で第19回先進国首脳会議(サミット)が開催されました。

↓↓↓ちょっと長いですけど、ゆっくりご覧ください。雅子さま美しい美しい。

サミットでは各国首脳が集います。クリントン大統領をはじめ、もうそうそうたる顔ぶれです。

雅子さまは雅楽鑑賞後の懇談でも、晩餐会でも外国要人と英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語で自由にお話されていました。

たぶん、通訳の立場なかったのでは(笑)。

3分10秒頃から雅楽演奏鑑賞の光景が入るのですが、雅子皇后はなぜか一番端っこの席で、隣は天皇陛下。

上皇と上皇后は、エリツィン元大統領、プーチン大統領、クリントン元大統領たちと歓談されているのですが、外国要人とは喋らせない席に配されています。

当時は上皇を立てる必要があったとはいえ、もう少し配慮があっても良かったのでは。

舞楽ご観覧の時の席次は、あまり目立たないため天皇皇后両陛下をカメラに移らない端に追いやったようです。

4分50秒頃から晩餐会の報道に入ります。

ここでは雅子さまはクリントン元大統領とエリツィン元大統領の間にご着席で、どちらとも通訳無しでお話し可能^^;。

政治も経済も文化も相手国をご存知できっと話題も豊富でしょうし、教養の深い方なので失言も無いでしょう。

雅子さまは2003年から療養に入っていますが、2014年からは宮中晩餐会にも出席なさっています(11年ぶりです)。

この時には、お隣だったオランダの首相とお話しが弾んでます。

ご縁のある国の首相とお話ができて嬉しかったのでしょう、雅子さまも生き生きしています。


「元気でしたか?」とか話されていたのでしょうか。

ところがそれ以降の晩餐会では、雅子のお席は必ず上皇や美智子上皇后と秋篠宮様の間に座らされ、外国の要人たちと接触してお話ができないようにされています。

・2016年フィリピン(美智子上皇后と秋篠宮のあいだ)

・2018年ベトナム国家主席歓迎関連行事(0:20頃、美智子上皇后と秋篠宮のあいだ)

2014年には途中退席もあったようですが、おおむね好調で晩餐会に出席できていたはず。

適応障害は体調に波があるものですが、すでに晩餐会には出席できているのですよ、なぜ外交の適任者を、各国要人におもてなしさせないのでしょう?

これは、モラハラの超常套手段で一番と言っても過言ではないくらい頻繁に起きている「ターゲットを孤立させる」方法です。

ターゲットをあらゆる手段をもって外部から遮断し、情報交換の場を与えず、「表現する機会」「能力を発揮する機会」をすべて奪うのです。

体調を配慮してという側面ももちろんあるのでしょうが、こういう場合、外部の人と話したほうが、本人としてはずっとストレス解消になるんですよね。

モラハラ被害者は、能力発揮の機会を封印され、閉塞的な雰囲気の中に閉じ込められたまま、どんどん元気がなくなっています。

こんなに優秀で美しい皇后陛下25年も閉じ込めていた皇室は、国益を損ねたといっても過言ではありません。

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職場のお局さんはターゲットが脚光を浴びると精神不安定になる

これも職場のお局さんあるあるパターン。

繰り返しますが、女性には自分のテリトリーに若い女性が入ってきただけで情緒不安定になる人が本当に多いです。

若く美しく優秀な嫁の「表現する機会」を奪ってまでも、雅子皇后が目立つことが耐えられない性格の美智子上皇后。

1993年の結婚披露宴はもちろん、翌月のサミットでも、結婚したばかりの雅子皇后が脚光を浴びる光景を見なくてはいけないことは、大変なストレスだったことでしょう。

美智子上皇后は、自分の気持ちが我慢できないと荒れて手が付けられなくなってしまい、気持ちを静めるにはきれいなドレスを着る機会のある海外旅行をさせるしかないそうです。

天皇陛下(当時は皇太子ですが)の結婚式、サミット晩餐会が続いて、美しい雅子さまに脚光があびることは宮内庁側でもわかっていたので、予め各国へ上皇・上皇后のご訪問の打診をしていました。

さすが宮内庁、優秀ですね(←嫌味です)。

皇太子結婚前の5月にはすでにイタリア、ベルギー、ドイツへ訪問する閣議決定が行われ、サミット終了後の8月には、翌月の豪華ヨーロッパ旅行が決まっていました。

どの国も国交〇〇周年のような記念行事は特になかったのですが、「外国から招待された」という体裁を整え、イタリアでは予定に無かったのに、なんと休暇中のローマ法王へ突然面会しています。

↓↓↓

美智子さまファッションのケープマントはマナー違反?デザイナーは誰

これが「白ドレス事件」と呼ばれる一部では有名なエピソードで、美智子上皇后は、ローマ法王と自分を比して自己顕示しなくてはならないほどの心理状態だったのでしょう。

新人女性社員に立場を脅かされたお局さんあるあるです。

周囲の男どもはこういう状態の女性の対処法は、なんの罪もない女性社員を黙らせ、「お局の機嫌を取ること」しか基本的に思いつきません(超経験談)

渡航費用は当時のお金で2億円(飛行機代別途)で、雑誌でも批判的に報道されていました。

これは私的に外国を訪問したことにならないのでしょうかね?

天皇陛下の人格否定発言

ここで2004年、天皇陛下の皇太子時代の「人格否定」発言です。

私は今になって、この行動における天皇陛下の優しさと誠実さに胸打たれます。

当時皇太子だった天皇陛下が、欧州歴訪前の記者会見において、皇太子妃雅子さまに関して述べたご発言。

該当部分の前後をすべて抜粋。長いですがぜひお読みください。

今回の外国訪問については私も雅子もぜひ2人で各国を訪問できればと考えておりましたけれども、雅子の健康の回復が十分ではなく、お医者さまとも相談して私が単独で行くこととなりました。

雅子には各国からのご招待 に対し深く感謝し、体調の回復に努めてきたにもかかわらず、結局ご招待をお受けすることができなかったことを心底 残念に思っています。

殊に雅子には外交官としての仕事を断念して皇室に入り、国際親善を、皇族としての大変な重要な役目と思いながらも、外国訪問をなかなか許されなかったことに大変苦悩しておりました。

今回は体調が十分ではなく、皇太子妃としてご結婚式に出席できる貴重な機会を失ってしまうことを本人も大変残念がっております。私も本当に残念で、出発に当たって後ろ髪を引かれる思いです。

私たちにはヨーロッパの王室の方々からいつも温かく接していただいており、フレデリック、フェリペ両皇太子殿下とは限られた機会の中ではありますけれども、楽しい思い出が多くあるため、今回のことはとても残念に思っているようです。

雅子の長野県での静養、滞在は、幸い多くの方々のご協力を得て、静かな中で過ごすことができました。この場をお借りして協力してくださった皆さんに、雅子とともに心からお礼を申し上げます。雅子からも皆さんにくれぐれもよろしくと申しておりました。

長野県での滞在はとても有益なものではあったと思いますが、まだ雅子には依然として体調に波がある状態です。誕生日の会見の折にもお話ししましたが、雅子にはこの10年、自分を一生懸命、皇室の環境に適応させようと思いつつ
努力してきましたが、私が見るところ、そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。

それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です。 

最近は公務を休ませていただき、以前、公務と育児を両立させようとして苦労していたころには、子供にしてあげられなかったようなことを、最近はしてあげることを励みに日々を過ごしております。

そういう意味で少しずつ自信を取り戻しつつあるように見えますけれども、公務復帰に当たって必要な本来の充実した気力と体力を取り戻すには、今後、いろいろな方策や工夫が必要であると思われ、公務復帰には当初考えられていたよりは多く時間がかかるかもしれません。

早く本来の元気な自分自身を取り戻すことができるよう、周囲の理解も得ながら、私としてもできうる限りの協力とサポートをしていきたいと思っております。

今後、医師の意見によって公務復帰に向けては足慣らしのために、静かな形でのプライベートな外出の機会を作っていくことも必要であるかと考えています。

引き続き静かな環境が保たれることを心から希望いたします。

皇太子徳仁親王の御称号から浩宮の乱(ひろのみやのらん)とも呼ばれています。

これは、天皇陛下がマスコミを使って「うちの両親と親戚とその取り巻きたちがうちの嫁いじめをしているんだぞー」と公表したことにほかなりません。

厳格な序列世界の只中にあって、子供が父親と母親に釘を刺したのです。

モラハラは、密室で行われます。

この密室は、「加害者が安心してターゲットをいじめられる空間」のことを意味します。

モラルハラスメントの対処法は、加害者側が巧妙に仕組んだこの密室から基本的に「逃げる」しかありません。

数あるモラハラ本やモラハラサイトでも、究極的には「逃げろ」しか対策を言ってません(笑)。

しかし皇室に嫁いでしまった雅子さまは、事実上離婚ができません。まだそういう時代ではないのです。

モラハラ対処の次善の策としては、「密室を破る」「密室を密室でなくする」つまり「密室で行われていることを公の白日のもとに晒す」ことです。

天皇陛下は、雅子皇后を守るために、これをやりました。

自分のご両親の嫁いじめを、直接的にではないにしろ、婉曲的に糾弾したのですよ。

この人格否定発言で、「あれっ」と思った人も多かったはずで、これ以降、皇室を見る目が徐々にですか少しずつ、しかし確実に変わってきました。

菊のカーテンの向こう側でも、迫害の魔手はいったんひるみ、風当たりは多少は柔らかくなったことでしょう。

社会人経験ゼロのお局さんと小姑たち、周りには彼女たちに人事権を握られて去勢されたイエスマンたちという環境。

天皇陛下は、雅子皇后を本当に大切に思って、誠実に対処されたのだと思います。

彼らと同じやり方でやり返してしまったらそこで終わりで、それこそ揚げ足をとられて、もっと辛い立場になったことでしょう。

この後、秋篠宮さまがこれに返答する形で何かご発言を述べていたと思いますが、上皇と上皇后のヒステリーを代弁しているだけにすぎませんので、割愛します。

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職場の男上司などお局の意のまま

このようなことが続き、2003年ついに倒れられた雅子さま。

2006年、そんな雅子さまの窮状を見かねて、ご先祖様つながりでご縁のあるオランダ王妃が雅子さまを直接ご招待してくれました。

もちろん美智子上皇后にはこういった「ご先祖のご縁」というものはなく、皇太子妃時代に「ご一家」で海外王室から招待を受けたことはありません。

仕方ないことなのですが、まあ、羨ましくてたまらなかったのでしょうね……。

愛子さまが幼稚園の夏休みの時期を見計らい、2006(平成18)年8月17~31日の約2週間の日程で、皇太子一家は国際親善のためという名目で、女王から雅子さまの静養の招待を受けたオランダへ行かれました。

この訪問はオランダ国民にも歓迎され、オランダでは「2週間だけでは足りない」と記事がでていたと報道されています。

こういった鬱憤がたまってしまったのでしょう、美智子上皇后は2007年5月14日会見で上皇のお言葉を通じ、「私どもが私的に外国を訪問したことは一度もありません」とご発言しました。

いやあのー、お局さんて職場の上司を手玉にとって操るのが常套手段ですから。職場権限のある現場スタッフの口を借りて自分の意見を述べるなど朝飯前です。

管理人は昔在籍していた所属で、嫉妬で狂った女性の悲憤に歪んだすさまじい形相を間近で見続けなければならなかった時期がありましたので、今ではお局さんの気持ち、ひいては美智子上皇后の気持ちややり口もよく理解できるんです。

0:42頃から、今後の皇太子ご夫妻の海外訪問について異例とも思えるメッセージに、当時の国民はびっくりしました。

このご発言の要旨は要するに、『今後、皇太子「夫妻」へは「名代という公務」を与えないから、雅子さまの海外訪問は無しだよ』宣言です。

これが、皇太子「夫妻」の海外ご公務が、「2007年以降、10年以上2回しかなかった」と指摘されている原因です。

↓↓↓2007年から12年間、夫妻で海外にご公務行ったのはこれだけ!

平成25年(2013)4月、オランダの招待により、オランダ国国王ウィレム・アレキサンダー陛下の即位式にご参列のため、皇太子ご夫妻ご訪問

平成27年(2015)7月、トンガの招待により,トンガ国王トゥポウ6世陛下の戴冠式にご参列のためご訪問

<参考:宮内庁HP

秋篠宮「夫妻」はバンバン海外に行ってるのにな。

美智子さまは本当にお上手で、自分は手をくださず、天皇陛下を使って全て思い通りに事を進めています。

美智子さまが、各国の王室や要人からの東宮ご一家あての招待を片っ端から握りつぶし、招待もされていない秋篠宮家や紀宮さま(黒田清子さん)に回し、さらには自分たちが代わって参加していました。

ついでに、上皇ご夫妻主催の公務は、ほぼ美智子さまが手をまわし、雅子さまが参加できないようにしていました。

批判的なことは上皇を使って言わせて、自分はニコニコ慈愛の上皇后を演じて……この実際の行動パターンが、驚いたことにそこらの職場のお局さまと同じ行動パターンなのです(笑)。

息子の人格否定発言による嫁フォローもなんのその、お局さんたちにとっては「私より目立った嫁が悪い。私はこんなに傷ついたんだかわいそうな私に謝罪と賠償を要求する」という発想なのです。

職場の男など「女どうし仲良くやってくれよ」と指くわえて眺めているだけ

結婚したくてしたくて皇室入りした女性と、頼まれて頼まれて皇室入りした女性じゃ話など合わなかったでしょう。

上皇后と紀子さまの2人が結託し、雅子さまを邪険にしたんだろうなあということは、容易に想像がつくというもの。

上皇后は雅子さまを一切庇わなかったし、上皇后によりかかって人気を保っている上皇も同様で、たいへん雅子さまに冷淡でした。

2018年末の上皇の天皇陛下としての最後の誕生日のお言葉でも、涙ながらに皇后への感謝を何度も口にし、皇太子殿下と秋篠宮には言及したけれど、雅子さまの事には一切触れませんでした。

よほど嫁が気に入らないのか、奥さんが怖いのか。

皇室では雅子さまの意見は全く受け入れられず、実に25年間、ワールドクラスのスーパーレディを四面楚歌の状態でそこに押し込め続けました。

こんな状態になったら、誰だって鬱になると思います。

外国生活の長い雅子さまは、皇室に入るには全く不向きな感性や考え方をする方で、だからこそ天皇陛下は、雅子皇后を一生支えるというような発言をされたのでしょう。

それだけ皇室というのは、古い伝統に縛られた閉鎖的な社会なのです。

小室圭さんについて、上皇と上皇后が何も言わずにスルーしているのも、秋篠宮家とズブズブだったからなのでしょうね。

おそらく上皇ご夫妻もわかってるんですよ、やっと納得がいきました^^;。

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まとめ:お局のやることは皇室だって変わらない

↓↓↓雅子皇后美しい美しい(*´∀`*)。

2017年4月、日本を訪れたスペインのフェリペ6世とレティシア王妃のお出迎えの図。

天皇陛下ご夫妻、非常に外国の王族の接し方がこなれています。ステキステキ。

49秒から美智子上皇后は左端から後ろをまわって右に並び、

56秒で雅子皇后がレティシア王妃と一番長く親しく会話しているところを睨みつけてますが、

1分位でフィリペ王も最後に天皇陛下に一言声かけてます。

人望の差。外国人の方がストレート(笑)。

皇室はどうしても特別視してしまうので単純な構図さえ見えてきませんが、皇室だろうとそこらの職場だろうと、立場を脅かされると思い込んでしまった女性のやることは、どこも同じです。

だからお局と無能上司がいなくなれば、モラハラターゲットは息を吹き返すんですんですけど、上皇御夫妻は向こう1年半もの間、現在のお住まいに居続けるとか。

しかも、新天皇即位後、上皇のもとに新天皇が挨拶に伺うというのは、これは皇室の伝統をふみにじるおかしな行為です。

普通は逆で、至高の位に就いた天皇に、上皇が挨拶に行くのが慣例です。

雅子さまは、いじめられたという言葉では不十分なほどで、むしろ虐待されたと言ったほうがいいと思います。

雅子さまはもともと社交的で、有能であるぶん上昇志向も強く、男性も顔負けのバリバリのキャリアウーマンとして、男顔向けの行動力で夢に向かって進んでいました。

それが、まあこう言ってはなんですが、皇太子様に惚れられたためにその夢を絶たれ、おそらくは親しくしていた男性たちも、遠慮して自然と遠ざかっていったことでしょう。

皇室を敵に回すと、ご実家の小和田家のご家族にも、いろいろ不利に働きかねません。

何度も断った縁談でしたが、天皇陛下が諦めてくれないため、根負けした形でお妃として皇室に入れられてしまいます。

雅子さまに入内してもらうため、宮内庁の人たちは「あなたの外交官としての役割を活かして、日本の顔としての皇室外交を期待している」などという美辞麗句を並べ立てました。

その言葉に動かされたかどうかはわかりませんが、ある意味「究極の外交官」という立場は、多少は雅子さまの琴線に触れた部分はあったのでしょう。

ところがいざ結婚してみると、外交などは全くさせてもらえず、ただひたすら子供を産むことだけを強要される毎日。

側室のいない一夫一婦の制度で、必ず男の子を産まなければいけない、という恐ろしいしきたり。

子供ができずに断絶したり、または女の子ばかりで近いうちに断絶が決まっている宮家ばかりなのに、矢面にたたされてるのは雅子さまだけ。

平民を生け贄にしているとも見て取れます。

美智子上皇后がかなり好きに振る舞えたのは、そもそも男の子を2人も産んだからです。

とにかく子供を産め、それも男の子を、と宮内庁だけでなく皇族全員から毎日言われ続け、もちろん国民からも望まれ続け、ついにノイローゼになってしまいます。

そういう長い苦痛の日々を経て、やっとできた子供は女の子。

雅子さまは既に38歳、高齢出産の年齢に達しており、しかも男の子でなかったことによって更に精神的に追い込まれます。

もう男子を産む可能性のなくなった雅子さまを見捨て、宮内庁は紀子さまに男の子を産んでもらうことに成功し、ますます追い込まれてしまった雅子さま。

ある意味皇室に生贄として差し出された雅子さまの女性としての人生が、今度こそ報われるように祈るばかりです。

【参考】

雅子さまの若い頃の綺麗すぎる写真画像!神々しい輝きよ甦れ!

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